「神子、逆はーれむって何!?」

 どんがらがっしゃーん!!

 白龍の無邪気な一言で。
 望美は、手にしていた器を盛大に落っことした。
 
 「はははははは白龍、そんな言葉どこで・・・」
 「将臣が言っていたよ?神子は逆はーれむだなって、もが・・・っ!!」
 「白龍、ちょっと来い」
 「むむむ・・・・!!」

 爆弾発言をした白龍が、鬼の形相をした譲に口を塞がれて、ずるずると引きずられていっても。
 その目が必死に助けを求めていたとわかっていても。
 
 神子は、逆ハーレム。

 その言葉で凍り付いてしまった望美には、気づいてやれる余地もなかった。


 逆ハーレム。
 確かに、思い当たる節はある。
 
 常に一緒に行動する八葉は、誰を見ても文句のない美形。
 元の世界にいた時に、有川兄弟と連れ立っていただけで羨ましがられた事もあったというのに。
 今では、有川兄弟プラス六人。
 その上、かわいい子どもの姿をしていた白龍でさえ、成長してしまった。
 そんな美形集団が常に自分を守ってくれている、この状態。
 見ようによっては、まるで自分が侍らせているようにも見えるのではないだろうか。
 逆ハーレム。
 そう言われても仕方がない。
 仕方がない、のだが・・・。

 「・・・・・・・・・・・・・でも・・・・・・・・・・そんな言われ方イヤだよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 項垂れる望美の脳裏に浮かぶのは、金銀財宝をきんきらりんと身に着けた、悪趣味な成金趣味の中年男性が、水着姿の美女を何人も侍らせている姿。
 彼女的なハーレムのイメージは、そんなものだった。
 それと自分とが同類項だとは。
 決して思いたくはない。
 
 「そ、そんなつもりないのに・・・・・!!」
 「・・・何がだい?」

 ぐるぐると考えを巡らせていた望美に、ふいに声が掛けられた。
 聞いた瞬間。
 思わず、ぎくりと体が強張ってしまう。
 
 「・・・望美?」
 「えと・・・あ・・・・何でも、ないよ?ヒノエくん・・・」

 にこり。
 ぎこちないのは自覚しているが、それでも何とか誤魔化したかった。
 ヒノエだけには、この言葉を知られたくはないのだ。
 
 「ふーん?そうなんだ、まぁいいけどね」
 
 彼女の願いが届いたのか、いやにあっさりとヒノエが興味をなくした。
 拍子抜けするほどの態度だったが。
 それでも、望美は安堵の溜息をもらした。

 もちろん、心の奥底で警鐘は鳴っていたのだが。
 この男が。
 そう簡単に、興味を失うはずはない、と。
 案の定。
 脱力している彼女を面白そうにみつめ、おもむろに口を開いた。

 「・・・で?逆はーれむって何なんだい?神子姫さま」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!」
 
 その瞬間。
 今度こそ、望美が完璧に凍りついたのは。
 もはや、言うまでもない。



 「ねぇ、逆ハーレムって何?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「何?言えないようなこと?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「・・・ふーん、言えないようなことなんだ・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「で、神子姫さまは、そんな言えないような状況にあるってわけなんだねぇ?」
 「ち、違・・・!!」
 「ふーん?でも、実際言えなさそうだよね?」
 「そ、そんなことないもん!!

 そこまで、言って、望美ははっと口を押さえた。
 案の定。
 視線の先では、ヒノエがにやりと笑ったところだった。
 黙秘を続けるつもりだったのに。
 そんな浅はかな戦略は、熊野の棟梁の前では無駄なことだったようだ。
 ここまで言ってしまった以上、説明するしかない。
 例え誤魔化して、違う意味のことを伝えたところで、彼にはお見通しのような気がしてないらない。
 望美は、渋々「逆ハーレム」の意味を説明した。
 
 「・・・へぇ・・・そういう意味だったんだ」

 一通りの説明を聞き、ヒノエは満足そうにそう言った。
 言葉の意味もさることながら、望美の心の葛藤さえも理解出来たことが、彼も心を軽くさせていく。
 異世界から来た神子。
 時々使う、向こうの言葉に。
 隔たりを感じてしまうのは、一度や二度ではない。
 こんな風に問い詰めるのは、大人気ないとわかってはいるが。
 それでも、ヒノエは嬉しかった。
 それゆえに。
 言わなくて良い言葉まで、口をついて出てしまう。

 「なるほどね。逆はーれむ。確かに?今の望美ってそういう状況だよねぇ」

 くすっ。
 揶揄を込めてそう言えば、途端に望美がかっとなった。

 「そ、そんなことないもん!!」

 自分でも思い至ったことだが、やはり他人に言われれば少しツライ。
 ましてや、相手がヒノエであるならば尚更。
 そして、やはり売り言葉に買い言葉。
 言わなくても良い台詞ほど、口からはよく滑り落ちる。

 「く、熊野の統領だったら、お嫁さん何人いてもいいんじゃないの!?
  現にヒノエくん、恋人たくさんいるみたいなんだし?将来はハーレム作れるよね!」

 言ってしまってから、望美ははっと口を押さえた。
 しまった。
 ここまで言うつもりはなかったのだ。
 しかし、時すでに遅し。
 目の前のヒノエの顔は、すっと真剣な顔になっていた。

 「・・・俺は、今は望美一筋なんだけど?」

 
 その低い声に、望美の体がぎくりと強張る。
 めったに怒らないヒノエ。
 いつもの飄々とした表情からは想像がつかないくらいの硬い顔。
 初めてみるその姿に、望美は頭のてっぺんから冷たくなって行くような感覚を覚えた。
 喉の奥は何かが張り付いたように、言葉を発することが出来ず。
 ヒノエが無言のまま踵を返してしまっても、何も言うことすら叶わなかった
 その背を見送ること数分。
 ようやく体の力が抜けた時。
 望美は、自分の失敗を悟った。



 「・・・やっぱり、言い過ぎたよねぇ・・・?」
 
 あれから、幾日も経過していた。
 何となく、ヒノエと顔をあわせづらく避け続けている。
 そんな中。
 望美は、自室の片隅で膝を抱えていた。
 思い返すのは、あの日の出来事。
 まさか。
 ヒノエがあそこまで怒るとは思わなかった。
 確かに、逆ハーレムと言われたことはショックだったし、彼にだけは言われたくない言葉だった。
 でも、だからと言って。
 自分のあの発言も、かなりのものだったのではないか。
 
 彼にだけは、逆ハーレム状態だとは言われたくない理由。
 それは、彼の事を想っているから。
 好きな人に、男を侍らせているだなんて・・・。
 思われたく、ない。
 逆に言えば。
 望美のことを好きだと言ってくれる彼が。
 ハーレム作れるのではないか、と言われるのを怒ったのも。
 当然なのではないか。
 
 「・・・あんなこと、本当は言うつもりなんてなかったんだよ・・・」

 誰もいない室内に、後悔の言葉がむなしく響いた。
 それを聞いて欲しい相手は、今どこにいるのだろう。
 じわり、と涙が浮かんでくる。

 「・・・ここで考えてても始まらない。謝ろう!」
 
 目尻に浮かんだ水滴を払うかのように、望美は勢いよく立ち上がった。
 胸に渦巻く不安は、相変わらず存在するけれど。
 行動せずに、うじうじと悩むのは性に合わない。
 



 ・・・と、意気込んで来たものの。
 いざ、謝ろうと思っても中々うまくいかないもので。
 

 起床してすぐならば、誰にも見つからないだろう。そう思ってきたのだが。
 
 「お?早いなー望美」
 「先輩?どうしたんです?もうお腹がすいたんですか」
 「え!?ゆ、譲くん、将臣くん・・・えっと」
 「・・・仕方のない人だな。朝食の前に少しおにぎり作りますよ」
 「あ、俺の分もあるんだよな、譲」
 
 にっこり。
 優しい幼なじみの笑顔で、何も言えなくなってしまう。
 そのまま、台所へ。
 そんなに食い意地張ってるように見えるんだ、と反省しつつ将臣と二人おにぎりにかじりついた。
 

 朝食後。結局、ヒノエはご飯を食べに現れなかった。
 まさか、本当にハーレム目指してどこかの女性の所へ行ったのだろうか。
 胸にささる小さなトゲを感じながら、彼の姿を探す。
 そこで。

 「神子〜!!ほら見て見て、こんな綺麗な葉が落ちていたよ」
 「・・・神子・・・葉にも様々な形があるのだな。ほら、これなど美しい色をしている」
 「は、白龍、敦盛さん?」
 「神子。こっちへ来て!!」
 「え、う、うん・・・」

 無邪気な瞳には逆らえず、結局綺麗なもの集めを手伝ってしまった。
 日は、段々高くなる。

 
 もうすぐお昼。
 もし眠っていたにしても、そろそろ起きてくるだろう。
 やはり、彼の部屋へ行ったほうが良いかもしれない。
 そう思い、ヒノエの部屋へ向かう。
 が。

 「望美、暇そうだな。お前も稽古をつけてもらうか?」
 「・・・神子、気が乱れている。そんなことではいけない」
 「く、九郎さん、先生、あの・・・」

 師匠と兄弟子。
 二人の言葉を断るわけにも行かず、そのまま稽古に付き合う。
 結局、朔が昼食を持ってきてくれるまで、それは続いてしまった。


 汗を流して疲れてしまったが。
 そんなことを言っていたら本気でヒノエに会えない気がする。
 少しの焦りを感じて、望美はヒノエの部屋へと急いだ。
 しかし。

 「あっれー、望美ちゃん汗だく。大丈夫?風邪ひいちゃうよ。あ、そだお湯使ってきなよ。さっき準備できたって言ってたし」
 「大丈夫ですか?湯の中にコレを入れるといいですよ。体が温まります」
 「景時さん、弁慶さん・・・あ、ありがとうございます・・・」

 好意を無下に断るわけにもいかず。
 少々気が咎めてしまったが、そのまま風呂へと向かった。
 こんなんで、本当にヒノエと会えるのだろうか。
 不安を感じながら。



 結局、望美が夕食を食べる時には、ヒノエはいなかった。
 外出か、と顔を曇らせたが。
 それを察した朔が「ヒノエ殿は、お腹がすいたと一足先に食べてしまったのよ」と教えてくれた。
 同じ屋敷にいることはわかったが。
 それでも、会おうとしても会えない事実に、望美は焦りを感じ始めていた。
 早く、会いたい。
 会わなければ。


 どっぷりと日も暮れた頃。
 ようやく、望美はヒノエの部屋の前まで来ることが出来た。
 の、だが。

どうしても、あと一歩が踏み出せない。
 淡い光を放つ月明かりの下、望美は立ち止まっていた。
 目の前には、ヒノエの部屋。
 そこを曲がれば、きっと彼がいるはず。
 なのに、彼女の足は枷がついたかのように動かなくなっていた。
 
 どうしよう。

 いや、どうしようもないのは分かっているのだが。
 どうしても、その言葉がぐるぐると回ってしまう。
 
 どうしよう。

 何度目かの、その言葉。
 その時。
 ふ、と月明かりが途切れた。
 思わず上空を見上げれば、闇と同化した雲が月をすっぽりと覆い隠してしまっている。
 今夜は、半月。
 頼りない光は、隠れてしまえば更に不安を煽る。
 まるで、世界に取り残されてしまったかのような錯覚。

 現代ならば、こんなことは思わないだろう。
 だが、この世界では。
 作られた光の少ない、この世界では、淡い月明かりでさえ、貴重なもの。
 ましてや、こんな心の脆くなっている時では余計に。
 いらぬことを考え、更に不安を煽ってしまう要因になりかねない。
 
 望美の背筋が、ぞくりと粟立つ。
 隠れてしまった月が、ヒノエの心と重なって。
 
 「・・・・・・・・・・・・・」

 不安に沈む胸に、更なる不安が押し寄せる。
 それを追い払うように、望美はぎゅっと掌を握った。
 そして、そのまま目の前の木戸を見る。
 重く冷たい戸。
 明かりを失って、更に重厚な雰囲気を醸し出していた。
 まるで、彼女を拒絶するかのように。
 だが。
 ここで怯んでは、何もならない。

 謝るって決めたんだから。

 胸の内で呟くと。
 意を決したように、扉に手を掛けた。
 そして、そのまま開ける。

 ・・・いや。
 開けようと、した。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・望美?」


 扉は、開ける前に開いてしまい。
 その向こうから、彼女の切望した声が響いた。


 「・・・ヒノエくん・・・」
 
 信じられない思いで呟くと同時に。
 雲が晴れた。
 再び降りてきた月光に照らされたのは。
 いつもの余裕ある顔を失くした。
 

 ヒノエの、顔。

 
 それを見て。
 望美は、ようやく実感した。
 ヒノエも、同じ思いだったのだ、と。
 
 
 「ヒノエくん・・・ごめんなさい・・・」

 素直に、言葉が零れる。
 どう言おうか、どうやって言えば良いのか。
 ぐだぐだと悩んでいた言葉は、すっかりと遠くへ行ってしまい。
 一番ストレートな言葉が、自然に出てきた。
 それは。
 望美の、心からの気持ち。


 「姫君・・・」

 ふ、とヒノエの顔が泣き笑いのような表情になり。
 そのまま、ふわりと抱きしめられた。
 花のような香りが、望美を包み込む。
 それは女性のような甘やかなものではなく、清々しさを伴ったもので。
 彼特有の香りに、望美はうっとりと目を閉じた。
 この香りが。
 自分以外を包み込むことなど。
 




 考えただけでも、傷ついてしまうというのに。



 売り言葉に買い言葉とはいえ。
 望美は、自分の発した言葉を心底悔いた。
 二度と。
 あんなことは言わない。
 いや、言えない。



 「・・・ごめん、なさい」

 もう一度、謝る。
 頭の上で、ヒノエがほっと息をつくのがわかった。
 
 「・・・俺も、ごめん。からかい過ぎたね」
 「私こそ・・・あんなこと、言うつもりなかったの」
 
 二人素直な気持ちを打ち明けると。
 胸の中にわだかまっていたものが、すっと解けるようだった。
 どちらともなく、小さく笑い合う。

 「良かった。朝から姫君を探してたんだけどさ・・・声、掛けられなくって」
 「・・・え・・・?」
 
 珍しく余裕のない声に顔を上げると、困ったように笑うヒノエの瞳とぶつかった。
 今、彼は何と言ったのだろう。
 朝から探していた?
 
 「皆が代わる代わる姫君の所へいくからさ。声掛けられなかった」
 「ヒノエくんが・・・?」
 「俺でもそういう事あるんだぜ?」

 意外そうに呟く望美に、ヒノエが笑う。
 そして、ふと唇を彼女の耳に近づけた。
 
 「愛する女だから、余計に臆病になっちゃうんだよ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」

 耳朶にダイレクトに響く声。
 声もさることながら。
 言われた内容に、背中が震える。
 
 愛する女。
 
 その言葉をかみしめて、望美は目を閉じた。
 
 
 誰かに、この言葉を譲りたくなどない。
 この言葉は、自分だけのものにしたい。
 
 ハーレムなど、以ての外だ。


 「・・・ヒノエくん、私独占欲強いみたい」


 自分の胸の内に浮かんだ言葉に苦笑し、そのままを告げる。
 対するヒノエは。
 
 「当たり前だろ?だって、姫君も俺を愛してるんだから」

 さも当然のように。
 けれど、心の底から湧き上がる喜びを抑えきれずに、そう答えた。
 
 
 


 「うん。そうだね。ハーレムなんて、とんでもないよ」
 
 「逆はーれむも、とんでもないな」



 二人、目を合わせてくすりと笑う。
 
 


 恋愛の基本は、一対一。




 この人を誰かと共有する気は。









                      まったく、ない。












望美阿弥陀企画で提出した作品です。お題は「逆ハーレム」
・・・・書けないよぉぉぉぉぉぉっ!!
と、かなり苦しみました。
結果、逆ハーレム反対運動となってしまいました。
きっと、このお題出した人は、正反対の事を考えて出したんだろうになぁ、と反省してます。
反省はしますが・・・。
私に逆ハーレムは書けないよ・・・・。







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逆ハーレム・・・?