心地よい風が、頬を撫でる。
 その風に乗り、黄色く朽ちた葉がかさかさと音を立てて舞い落ちてくる。
 夕暮れに染まった竹林は、他の人間の気配を感じさせない静寂の中にあった。

 御陵衛士として、慣れ親しんだ新撰組を離れて早三月。
 少人数で理想に燃えるその組織は、まだ壬生浪士組という名の頃の新撰組に似ていて、存外居心地が良かった。
 ただ、彼女が居ないということを除けば…。

「……」

 斎藤はため息を漏らすと、目を閉じた。
 脳裏に浮かぶのは、彼女の顔。
 あの日、あんな顔で見送られなければきっと任務完了のその日まで我慢できた。
 泣き出しそうな顔で、自分が御陵衛士として離れていくのが嫌だと恋い慕う女性にそう言われなければ。
 任務完了のその日まで、心乱されることなく御陵衛士として振舞うことが出来た…はずだった…。

「…桜庭…」

 ――斎藤さん――

 気丈な彼女が見せた切ない表情。
 大丈夫だすぐ戻ってくる。そう言って抱きしめてやりたかった。
 だがそんなことをできるはずもなく、心に錘を抱えながら御陵衛士として旅立つしかなかった。

 ――斎藤さん――

 「…さん…」

 ――斎藤さん…――

「…うさん、斎藤さん?」
「さくら、ば…?」

 目を開ければ、最初に目に飛び込んできたのは、栗色の髪。
 くせのある、柔らかそうな髪が斎藤の目の前で揺れていた。

 幻ではないか。

 思わずそう思い、手を伸ばした。

 くしゃり。
見た目同様、柔らかなその感触が、これが現実のことであることを斎藤に教える。
視線を下ろせば、大きく見開いた瞳に、真っ赤な頬。

「…桜庭…」

 信じられない思いで口を開くと、鈴花は赤い顔ではにかんだように笑った。
めったに目にすることの出来ない彼女の女らしい仕草に、斎藤の胸は高鳴る。
髪の毛に差し込んだままの手に力が篭るのを避け、そっと離す。
ぬくもりを失った指先がひどく冷たく感じ、そのまま拳を握った。
 このままでいると、抱きしめてしまいそうになったのだ。
 その思いを悟られないよう彼女から目をそらし、そっと呟いた。

「…どうして、ここに?」
「あ…えっと…な、なんとなく、来てみたんです。そしたら、斎藤さんの姿が見えて…」
「…そうか…」
「…お元気、でした?」
「…ああ」

 短い斎藤の返しに、鈴花はそうですか、とだけ答える。
 しばらく沈黙が続くが、鈴花の立ち去る様子はない。
内心は、嬉しかった。
 偶然にしろ、鈴花に会えたことは喜び以外のなにものでもない。
 だが、反対に怖くもあった。
任務を忘れ、彼女を欲してしまう自分が。
 そっと鈴花を見れば、風に舞う笹の葉をそっと捕まえているところ。
夕日は先ほどより傾き、彼女の柔らかな輪郭を淡く彩っていた。

 抱きしめてしまいたい。

 そんな衝動をかろうじて押さえ込む。

「…風が、冷たくなってきたな。もう、帰ったほうがいい」
「…斎藤さんは?」
「俺は、もう少しいる」
「じゃあ、私も…」
「駄目だ」

 即座に出た否定の言葉に、鈴花の顔が歪む。
 泣き出しそうな顔に一瞬怯むが、それを悟られないよう彼女に背を向けた。
 
 いつか新撰組に戻った時に謝ればいいと、自分に必死で言い聞かせながら。
 ――だが。

「…!?」

 背に、温かな重み。
震えているのは寒いからか、それとも。

「嫌、です…」
「…桜庭…?」
「…嫌…。帰れなんて…言わないで下さい…」

 鈴花の声が涙声に変わり、着物を握り締める手に力がこもる。
 斎藤の自制の心を打ち砕く、彼女の行為。

 その瞬間、彼の心から「任務」という言葉がはじけ飛んだ。

「桜庭…!!」
「…んっ…さい、とうさ…」

体を反転させれば、やはり涙に濡れた鈴花の顔。

 そのまま唇を合わせると、そこもしっとりと濡れていた。

「…ふっ…さい…と…」

 抗議の声も、口の中に押し込んで。
 表に出せない感情を流し込んで。

 その奥にしまいこまれた真意を探るように舌を絡ませれば、くたりと鈴花の体が力を失った。

「桜庭…」

「さいとうさん…」

 潤んだ瞳の中には、紛れもない恋情。

 逢えない日を辛く感じていたのは自分だけではなかったのだと、そう確信させる熱のこもった眼差し。
 もう一度唇を合わせると、着物をつかんでいた鈴花の手が、弱弱しく首に回される。
 冷静に考えれば、恥ずかしがるであろう彼女が、感情のままに自分を欲している。
 そう思うと、胸の奥が熱くはじけた。

 外界を遮断するかのように舞い落ちる笹の葉。
 その中に紛れてしまえば、何も気にはならない。
 自分のことも、彼女のことも。

 舌の動きに合わせて揺れる鈴花の体。
 拒否の言葉はすでになく、熱情に彩られた口から漏れるのは斎藤という自分の名。

 これから訪れる未知の感覚に震えるのは、恐怖からか喜びからか。
 斎藤を求めて宙をさまよう白い手を握り、限界が近い自身を温かな彼女の中へ進入させる。

 見開かれる、栗色の瞳。
 悲鳴を飲み込むその姿すら愛しくて、口に出せないすべての思いを彼女の胎内へ注ぎ込んだ。

 
 雪のように振る笹の葉。
 現世から隔離されたような空間。

 
 いつか。
 いつか、この思いが口に出来れば。


「…本当は…」
「桜庭?」

 腕の中で、鈴花が呟く。
 斎藤にすっぽりと包み込まれ、まどろむような眼差しを彼に向けると、恥ずかしそうに。

「たまたま通りかかったなんて、嘘なんです。本当は斎藤さんに逢いたくて…」

 御陵衛士の屯所の近所をうろついてみたり、斎藤さんの行きそうな場所へ行ってみたり、してたんです。

 

 ――お前に逢わずにどうしろというんだ――


 ――あなたに逢わずにどうしろっていうの―



 斎藤が新選組に帰るのは、これからほんの少しの後。












私が一番最初に書いたであろう恋華の話です。この頃はまだサイトはなく、某企画の為の話でした。が、その頃の文章は恥ずかしい限りなので、ちょこっと書き直しました。
最近の文章と違うなーと思われたところはなおっていないところだと思います。
元のお題が「きみに逢わずしてどうしろっていうんだ?」でした。今このお題を頂いたらきっと書けなかったことでしょう。ちなみに、微妙に大人向け表現があるのは、某企画が艶企画だったからです。




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お前に逢わずにどうしろというんだ