「斎藤さん、その花も摘むんですか?」
鈴花の問いで、花を摘もうとしていた斎藤の手が止まった。
本日は、二人そろっての非番。
いつの頃からか、恒例になってしまった二人での墓参り。それは、新選組を取り巻く今の状況を考えると、非番だからと行って遊びに出掛けられるものではなかったが、こればかりは別だった。
どちらが言い出すわけでもないのに、この時ばかりは心が通じ、二人そろって自然と出かけることになるのだ。
そして、それは今日も同じこと。
朝、井戸で顔をあわせ一言二言交わした会話だけで、この墓参りは二人の本日の予定に組み込まれていた。
それだけ、この行事は二人にとっては日常的なものであり、また大事なものとなっていた。
そして、話は冒頭に戻る。
斎藤が選ぶ墓に供える花は、いつも野辺に咲くものばかりだった。
時には、花と言えない雑草もあったのだが、鈴花は何も言わなかった。
斎藤の気持ちのこもった供え物に、口を挟む気はさらさらなかった。
しかし今日は珍しく、斎藤が手を伸ばした花に、待ったをかけた。
「……駄目なのか?」
伸ばされた手はそのままに、斎藤が問い返す。
「駄目……と、言いますか……」
鈴花は、困ったように首を傾げた。
普通は、その花は摘まない。
ましてや、墓に供える事など鈴花の今までの経験からはなかった。
斎藤が手折ろうとした花の名は曼珠沙華。
俗に言う彼岸花、であった。
―彼岸花をとってきたら、おうちが火事になるのよー
そう言ったのは、母だったか。
幼い頃の鈴花も、その鮮やか過ぎる紅い花を摘もうとしたことがあった。
その時に、そう言われたのだ。
もちろん、そんなものは迷信に過ぎず、斎藤に告げた所で一笑に付されるどころか、軽く無視されることは目に見えている。
鈴花とて、今はそんな迷信は信じていない。
しかしそれでも彼岸花という名に加え、死人花、幽霊花と不吉な異名を持つこの花は墓に供えるには適さないような気がするのだ。
彼岸花という名称は、彼岸の時期に咲くから付けられたに過ぎないのだろうが、どう説明するかがますます難しくなってきた。
「……綺麗だと、思ったんだが」
視線はまだ彼岸花に注がれたまま、斎藤はぽつりと呟いた。
彼の黒い瞳には、この彼岸花はどう映るのだろう。
名前も迷信も関係なく、なんの枷もなくこの花を見ている斎藤には、この花はどう映っているのだろう。
きっと、鈴花が思い描くような毒々しい印象などではなく、ただ鮮やかで美しい花というだけなのかもしれない。
それ故、今は亡き戦友に手向けたいと、そう思ったのだろう。
本当に残念そうな彼の眼を見て、鈴花はそう理解した。
彼らしい考えに小さく溜息をつき、鈴花はそっと懐紙を取り出した。
未だ彼岸花に視線を向けている斎藤に手渡すと、怪訝な視線を向けられた。
「……これは?」
「摘むのであれば、これを使って下さい。……この花、毒があるんですよ」
鈴花が、彼岸花の毒のことを知ったのは、ずいぶんと大きくなってからだった。
彼岸花を持って帰ってくると家が火事になる、そんな迷信は、子どもを守ろうとする親心なのか、と関心したのを覚えている。
「毒、があるのか……」
「ええ。でも、斎藤さんが気に入ったのであれば……きっと、皆さんも喜ばれますよ」
「……そうか……」
斎藤は薄く笑い懐紙を受け取り、そのまま彼岸花を彼らしくもない優しい手つきで摘む。
鮮やかな紅い花が、まるで喜んでいるかのように、その動きに合わせて揺れた。
「……何で、あの花にしようと思ったんですか?数は少なかったですが、すすきなんかもあったでしょう?」
帰り道、鈴花は思っていた疑問を投げかけてみた。
何も、彼岸花でなくても良かったのだ。
秋の草花は、たくさんある。ましてや、墓に供える花ならば、あんな艶やかな花ではなく素朴なすすきの方が似合いであろうに。
「……頑張っているように見えた……」
「……はい?」
「秋の花は、可憐な花が多いだろう……。その中で、あんな鮮やかな姿をしていたから……。頑張っているように見えたんだ」
ぽつり、と呟かれたその理由に、鈴花は目を丸くした。
頑張っている、そう見えたとは露ほども思わなかった。
「……で、あの花はなんと言う名なんだ?」
気づいたように、斎藤が問う。
彼岸花、その名を告げるのは妙に気が引けて、鈴花は思わず口ごもる。
「……曼珠沙華、というんですよ」
一瞬迷った結果、そう答えた。
頑張っているように、見えた。
男所帯の血生臭い日常で、しゃんと胸を張っている誰かのようで。
あいつらに手向けてやりたいと、そう思った。
小さな声で告げる斎藤の顔は、夕日に染まり赤くなっていく。
その誰かが誰のことを指すのかはあえて問わず、鈴花もつられて顔を夕焼け色に変えていった。
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曼珠沙華