あなたのいる場所







「ん……」

 花は喉の渇きで目を覚ました。
 閉じかける目をこじ開けると、周りは暗くまだ夜が明けていないことを知らせていた。
 手を伸ばし携帯で時間を見ようと探るが、手は空を切るばかり。

「あ、れ……?」
 
 おかしいと体を起こしたところで、ようやくここが自分の部屋ではないことを思い出した。
 いや、自分の部屋ではある。ただ、それが生まれ育った家の自室ではなく、新たに居住を決めた場所――世界の、自室であったのだ。
 いつも肌身離さず持っていた携帯は、ここでは何の役にも立たないので机の中にきちんとしまってあり、以前のように枕元に置く必要もなかった。
 そのことにほんの少し胸の痛みを覚える。

「……どうか、したのですか……?」

 深い声音にはっと我に返り声の方を振り向くと、暗闇に慣れてきた目が自分の隣りで横になっていた人物の姿を捉えた。
 薄い色の髪は闇の中に溶けてしまいそうなほど儚く、花は思わず息を飲む。

「泣いているのですか?」

 そっと指を伸ばされ、頬を伝っていた雫を指の腹で拭い取られる。そこで花は初めて自分が涙を流していたことを知った。
 
「泣いて、ないです」

 俯いてそう言うが、涙はまだ目の中に薄い膜を張っている。暗闇で見えないとは思うが、目の前の相手は隠しているものなどすぐに見つけてしまうような人物で、あまり意味がないようにも思えた。
 
「嘘ばかり。見えないと思っているんですか?」

 くすりと笑う中にも、不安な色が見え隠れしている。以前ならば何をするにも顔色一つ変えなかったように思えたが、恋人となった今は彼の動きの一つ一つに感情が宿っていることに気付いていた。

「公瑾さん」

 そっと、愛しい人の名前を呼ぶ。そうすると、胸の中に巣食っていた寂しさがほんの少し和らぐような気がした。
 伸ばされた手を頬にあてその暖かさを確かめると、花は小さく息をついた。

「どうしたのです? 体を重ねた後にそうやって泣かれてしまっては、あらぬ想像をしてしまいますよ」
「あらぬ想像?」
「ええ。あなたが、昔の恋人を想って泣いているのではないか、と」
「そ、そんなことないです! わ、私、そんな人いなかったですし……」

 思いがけない言葉に声を荒げると、間近に迫った公瑾がくすりと笑う。
 
「わかっていますよ。あなたは初めてでしたしね」
「!」

 言葉の最後は、耳の中に直接流し込まれた。濡れた音が脳に直接響き、花の思考を甘く溶かす。
 羽織っただけの上着は寝ている間に乱れており、ただ前をあわせただけになっていた。そこを公瑾の手が滑り落ちると、簡単に彼女の白い肌は暗闇の中に浮かび上がってくる。

「こ、公瑾さん、ま、またするんですか……?」

 あんなにしたのに、という言葉は公瑾の口付けにより咥内へと消えていく。

「あなたが一人で泣いているのが悪いんですよ」
「な、泣いてたのは……あ、そ、そう、喉が渇いてたんです」

 意地悪そうな表情になる彼に焦り、花は適当な理由をつけた。嘘ではない。目が覚めたのは、本当に喉が渇いていたからだった。
 ただそれが直接泣いていた理由に繋がりはしないのだが、これ以上彼を心配させるのは気がひけた。
 
「喉が、ね……」

 くすりと小さく笑い、公瑾はそのまま寝台を下りた。すっかり目が冴えてしまった花の目は、一糸纏わぬ姿の彼に釘付けになってしまう。
 普段なら直視は出来ない。何度か見るようにからかわれたこともあったが、恥ずかしくて到底無理だった。しかし今は、寝起きでまだ頭が働ききっていないのか、恋人の裸体は神聖なもののように見えて目が離せなかった。
 服を着ている時からは想像出来ない、ほどよく筋肉のついた公瑾の体。この体に何度組み敷かれたかわからない。
 そう考えると、花の体の奥底が熱く滾るのだった。
 公瑾は円卓に置かれた水差しを持ち、寝台へと戻ってくる。そのまま水差しに口をつけると、中身をあおり花に覆いかぶさってくる。

「……!」

 口の中に生ぬるい液体が流れ込み、花はそこでようやく口移しで水を飲まされたのだと気付いた。
 目を見張る花の前で、公瑾はもう一度水を飲み再び彼女におおい被さる。
 今度はうまく飲むことが出来ず、唇の端から水が零れ落ちてしまった。

「ふ、ぁん……んっ」

 零れ落ちた雫は顎を伝い、首筋へと流れる。それを追って公瑾の唇も彼女の首筋へと吸い付いた。
 ぺろりと舐めとり、ついでとばかりに首筋が吸われる。こちらの衣装では、首筋が露になることはないだろうが、それでもくっきりと残る所有印は恥ずかしさを伴う。

「や、だ、公瑾さん……つけちゃ、だめ……」
「あなたが零すからですよ」

 首筋でくぐもったように笑い、公瑾は舌を降下させながら花の乳房を撫でる。下からすくい上げるように掴まれ、親指でその頂点を弾かれると、花は思わず小さな声をあげた。
 その反応を楽しむように、公瑾の手は彼女の乳首を弄ぶ。摘んだり押しつぶしたりするたびに、花は小さな反応を繰り返した。
 
「かわいい人、寝台の中へ入れてくれますか?」

 耳元で囁かれた言葉に花は頷き、公瑾の首に両腕をまわした。
 素肌と素肌が触れ合う感触は気持ちがよいということを、彼と夜を過ごすようになってから知った。
 乳房が押しつぶされるほど公瑾に体を密着させ、二人そろって寝台へ沈む。

「公瑾さん、好きです」
「知ってますよ」

 からかうように言われ、唇が重なり合った。触れ合うだけの口付けは、次第に深くなっていく。
 舌と舌を絡み合わせ互いの唾液が混ざり合うと、未だ口付けに不慣れな花は簡単に呼吸を乱す。
 空気を求めて口を開けば、その隙から舌が入り塞がれてしまうので、すぐに酸欠になってしまう。
 そんな彼女を微笑みながら見つめ、公瑾の手は乳房を撫で細い腰をさすり、下へと下がっていった。

「あ、いや……」
「いや? なぜ?」

 小さな非難の声にも止まらず、公瑾の手は花の太腿へとかかる。
 ぴったりと閉じられた太腿を何度も擦りその合わせ目へと手を寄せるが、花の足は開かなかった。

「どうしたというんでしょうね、愛しい人」
「いや、だめ……です」

 理由など知っているくせに、と花は唇をかみしめる。
 公瑾の声は笑いを含んでおり、花の言いたいことなどお見通しであることを知らせていた。
 彼の手は太腿を割ることを諦め、上へと登る。
 薄い陰りのあたりを指先で擦りその中に隠された割れ目をなぞられると、それだけで公瑾の指に粘着質な液体がまとわりついた。

「もうこんなにして……。いやらしくなりましたね」
「そんな……公瑾さんがしたのに……」

 うらめしそうな花の言葉に、公瑾が小さく笑う。

「最高の褒め言葉ですね」

 いやらしいと言われた花は、頑なに太腿を開こうとはしなかった。
 公瑾の指は割れ目をなぞり、その上にある蕾を探し当てる。包皮に包まれたそれを優しく刺激すると、次第に花の体から力が抜けていった。
 
「や、そこ……いやぁ……」

 小さな声とは裏腹に、花の足はまるで触って欲しいと言わんばかりに少しずつ開いていく。その隙を逃さず、公瑾の指は彼女の足の付け根へと遠慮なく滑り込んだ。
 ほんの少し入り口を刺激するだけで、公瑾の指は吸い込まれるように彼女の中へと入っていった。
 
「あ、や、やぁ……っ」
「こんなに溢れさせていたなんて……。我慢は体に毒ですよ?」
「我慢、なんて、してないです……っ」
「本当に素直じゃないですね。ほら、こうしただけですごい音がするというのに」

 公瑾の指が花の中で蠢くと、淫猥な水音が静かな室内へと響き渡る。それは花の羞恥心を刺激すると同時に、その反対側にある欲望にも火をつけていった。
 くちゅくちゅと音をさせながら、花の内部に入る指は一本から二本へと増え、親指は上の花芽を撫で続ける。
 喘ぐ声は重ねられた唇に吸い込まれ、花の思考は甘く白く染まっていった。
 
「あ、あぁ……っ! 公瑾さん……っ」
「ここ、がいいんですよね」
「やぁ……っそこ、だめ、だめ……っ」

 公瑾の長い指が花の膣内で器用に曲がると、花は大きく体を震わせた。目尻に生理的な涙がたまり、空気を求める小さな口は何度も声にならない声を漏らした。

「やだ、一人で、いくの、嫌……公瑾さん、お願い……一緒に……」

 潤んだ目を精一杯見開き近くにある公瑾の顔を見つめると、閨の中にあっても冷静さを失わなかった彼の顔色がはっと変わった。
 
「本当に……どこで覚えたんですか、そんな顔」

 困ったように笑いながら、公瑾は花の足の間に体を滑り込ませた。
 太腿を持ち上げられると、濡れた秘所が空気に触れて、花は体を震わせた。その敏感になった場所に、公瑾の熱い先端が添えられる。
 あと少しで彼の体が入り込むという期待に、花は小さく溜息を零した。しかしそれ以上公瑾の切っ先は入り込まず、入り口をなぞるように往復する。
 
「公瑾さん……?」
「欲しいですか、私が」
「……!」
「他の誰でもない。私が、いいんですよね」

 それは、問いかけではなく確認。
 いつもかわらない公瑾の顔が、一瞬だけ不安そうに曇った。
 花は何かを考える前に頷き、彼の腰に足を巻きつけた。
 入り口にあった彼の先端は、押し込まれるように花の中へと入っていく。

「あああ……んっ」
「く……っ! 花、きつい、ですね……」

 公瑾の全てが花の中に入ると、押し出されるように彼女の奥から湧き出る水が、二人のつながり合った場所から零れ落ちる。

「公瑾さん……」
「……動いて、いいですか……?」

 花の返事を待たず、公瑾は腰をひいた。彼自身が抜けてしまいそうな不安に襲われ、花は小さくかぶりを振る。
 それが合図のように、再び彼の熱が花の中へと埋め込まれる。
 ぐちゅりと熟れた果物が潰されるような音を聞き、花の体が熱く燃え上がった。
 花の内部は公瑾のそれの形に道を作り、彼を誘い込み続ける。

「あ、や、ああ……っ」
「花、花……!」
 
 切羽詰った公瑾の声に、花は顔を上げると。情欲にまみれた愛しい男性の表情が間近にあった。
 花は腕を伸ばし、彼の体を抱きしめ唇を重ねた。
 その間にも、二人に腰は互いを求めて動き続ける。
 
「こう、きんさ……、もう、もう、だめ……っ!」
「駄目ではなく……くっ、いい、でしょう……っ」
「や、やぁん……っ」
「ほら、いいと、言ってみなさい……」

 公瑾の体が大きく引かれ、ついで激しく引き戻される。
 その圧迫感に酔いながら花は自身の奥から快楽の果てが見えるような感覚に陥った。

「いい、です……公瑾さん、いい……っあ、あ、やぁぁぁっ」
「ふふ……っ、いい子ですね、花……」

 褒美とばかりに口付けられ、公瑾の腰は今までで一番深い場所へと入り、花の内部を抉った。
 その瞬間、花は背筋を震わせ絶頂を迎える。彼女に合わせるように公瑾も自身を解放し、花の中へと欲望の全てを注ぎ込んだ。



「それで、何故泣いていたんです?」

 気だるい体を公瑾に預け再びまどろんでいると、先程までの熱などなかったかのように、公瑾は冷静な声で彼女に質問した。
 そのことに少しの不満を覚え、花は小さく頬を膨らませた。

「おや? 言えないことなんですか?」
「ち、違います! 言えないことなんかじゃ……」

 ないですけど、と最後の言葉は口の中から出せないでいた。
 元の世界を思って泣いていたなど、公瑾の前で言えるはずもない。
 冷静な表情を装っているが、時々彼が不安そうな目をしていることを花は気付いていた。
 それはまるで公瑾が怪我を負った時の自分と同じで、そう思うと下手に元の世界のことを考えるわけにはいかなかった。
 口ごもる花に、公瑾は小さな溜息をついた。呆れられたのかと顔を上げると、彼は珍しく優しく微笑んでいる。

「公瑾さん……?」
「いえ、何でもありませんよ。もう、いいです。あなたがこうしてここにいることが、何よりも大切なのですがら」

 そう言うと、公瑾は花の体を抱きしめた。
 互いの体温を感じあい呼吸を間近で聞いていると、再度眠気が襲ってくる。
 それを助長するように公瑾が彼女の髪の毛をすくので、花は抗わずに眠りに身を任せた。

「大丈夫です。あなたの世界がここにあるということを、私は一生をかけて教えていきますから」

 公瑾の柔らかな声は、寝入った花の耳にすんなりと入り込んでいくのだった。





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都督は普通にえろい人だと、けっこうな時期まで思ってました。