Bubble bath girl

 それは、ちょっとした疑問から始まった。
 

「瞳ちゃんはお風呂に入ってるんですか?」
「……………はい?」


 運の言葉に、瞳は目を瞬かせた。
 一瞬何を言われたのかがわからず小首を傾げると、幼馴染の彼は真面目な顔でもう一度問うた。
 風呂に入っているのか、と。


「あ、当たり前でしょ!?何言ってるのよっ!私、お風呂入ってないみたいに汚く見えるの?」
「あ、いえ、そういうわけではありませんが」
「今の言葉だったら、そうとしか取れないよ!」


 ひどい!と大きな目に涙を浮かべ、瞳は二人の寝室を飛び出した。
 後に残ったのは困った顔の運のみ。
 今まで去るもの追わずだった彼は、こういう場合の対処がかなり遅い。
 部屋の戸を憤然と閉める妻の背を見ながら、ようやく自分の失態に気づいたのだった。


「……また怒らせていまいました……」


 がっくり肩を落としても、時すでに遅し。
 よくよく考えれば、女性に「風呂に入っているのか」と聞くのは確かに失礼なことだった。
 しかし運としては常々疑問に思っていたこと。
 もちろん、瞳が汚いとか臭いとかいう理由では決してない。抱きしめれば良い香りがするし、流れる髪はいつもさらりとした手触りで、肌もしっとりと吸い付くよう。
 しかし。
 彼女は、人魚だった。
 ソーマで人になっているとはいえ、風呂などに入って大丈夫なのだろうか。
 その疑問が先ほど不意に出てしまった。
 何の前触れもなく言葉を発してしまったのは、確かに運の失敗と言えよう。


「ああ、こんなところでゆっくりしてる場合じゃないですよね。早く謝らないと」


 ようやくそのことに気づいた時、日はもうとっぷりと暮れてしまっていた。




「ルイを見ませんでしたか?」
 

 探し続けること数分。城のどこにも、妻の姿は見えなかった。
 まさか、実家へ帰ってしまったのでは。
 そんな悪い予感さえしてくる。何しろ彼女には前科があるのだ。
 もしミーアへ帰ってしまわれたら、運にはなすすべがない。
 迎えに行くことはおろか、連絡を取ることすら不可能なのだ。
 またそんなことになってしまったら――。
 ぞっと背筋を寒いものが駆け上がってきたが、その悪い予感は目の前の侍女により取り払われた。


「王妃さまなら、浴室へ向かわれましたよ」
「浴室?」
「ええ。この時間、王妃さまは毎日湯浴みをなさるので……あ、王子!?」


 運は侍女の話を最後まで聞かずに走り出した。
 浴室。それはかなりの盲点だった。加えて、この時間はいつも彼が執務に携わっている時間。どうりで、今まで風呂に入ってる姿を見たことがないはずだった。
 城の浴室は、いくつかある。今まで運の部屋の浴室が、他人に使われた形跡はないことから、他の部屋だろう。
 

「……もしかして……」


 運は、身を翻した。
 来た道を戻っていく。目指すのは、自分たちの寝室の隣の部屋。
 結婚したとき、瞳にも自由に出来る部屋があればと思って作った場所がある。確かその時、浴室も作ったのではなかっただろうか。
 期待に胸を膨らませ件の部屋に入れば、うっすらと湯気が漏れていた。間違いない。瞳はここにいる
 そっと足を忍ばせて浴室の戸を開けると、むせ返るような花の匂いの中から瞳の鼻歌が聞こえてきた。
 浴槽の前には衝立が置かれていて、その姿は見えない。けれど、薄い布を通してうっすらとそのシルエットが浮かび上がっている。
 それがなんとも艶かしく、運は自分の中の血液が熱くなっていくのを感じた。
 

 夫に覗かれているなんてことは考えもしない瞳は、ご機嫌で掌に集まった泡を眺めていた。
 現実世界の速水家の風呂は、もちろん日本式だった。入浴剤は名湯シリーズの色付きがせいぜいで、泡風呂などしたことがない。
 いや一度試してみたところ、母には掃除が大変だと嘆かれ弟には甘い匂いが風呂から取れないと怒られた。それ以来、許可がおりなかったのだ。
 だが、ここでは違う。風呂に入ると言えば、侍女たちがこぞって入浴剤を差し出してくれる。それはほとんどが泡だつもので、流行に敏感な彼女たちが選んでくれたものは全て華やかな香りのするものだった。
 本日の入浴剤は、ほんのりピンク色に染まった泡に甘い香りがついたもの。この世界の花の名前は知らないが、以前買ったことのあるイランイランのアロマオイルに似た香りがした。
 それを楽しむように、泡を掬ってはふうっと飛ばす。何とも贅沢になる気分だった。


「ふふ、気持ちいー……。やっぱりお風呂はいいなぁ。……何よ、運にーちゃんてば、私がお風呂に入ってないなんて。こんな気持ちいいこと、しないはずないじゃない」
「それは失礼しました。まさか、この部屋の風呂を使っているなんて思ってなかったんですよ」
「!?」


 瞳は突然聞こえた第三者の声に、ひどく驚いた。立ち上がらなかったのは奇跡と言えるかもしれない。
 ぱくぱくと口だけを動かしていると、衝立の向こうから運が現れた。その姿は、腰にバスタオルを一枚撒いただけのもので、更に瞳をパニックにさせる。
 けれどそんな彼女の心中にはお構いなしで、運はざぶりと浴槽の中へと身を沈めた。――しかも、瞳と向かい合わせとなるように。


「め、め、運にーちゃん!? 何してるのよ……っ!」
「何って。お風呂に入ってるんですよ?」
「そんなことわかってるよ、何でここに入るの!?」
「君が逃げてしまったので、探していたんですよ。ちゃんと言い訳も聞いてください」
「あ、後でちゃんと聞くから、出てってよー!!」
「ダメですよ。瞳ちゃんはすぐに逃げてしまうでしょう」


 くすくすと笑いながら、運は泡を掬った。
 急ごしらえの浴室は、彼がいつも使っているのよりも少々小ぶりだった。けれど、決して狭いわけではない。向かい合って入ると互いの膝がぶつかり合うくらいの大きさは、今のこの状況だと有難いぐらいなのかもしれない。
 

「僕の言い訳、聞いてくれますか?」
「……わかったよ……。聞くから、ちゃんとその後は出ていってね?」


 涙目になりながら、瞳はそう訴えた。それには答えず、運は微笑みかける。
 後で怒られたときにまた言い訳が出来るくらいの準備は必要だった。
 出て行くとは言っていない、と。こんな状況で出て行けるほど彼は大人ではないのだ。


「お風呂に入ってるかと聞いたのは、何も瞳ちゃんが汚いとかそういう意味じゃないんですよ」
「…………」
「でも、瞳ちゃんは人魚でしょう?熱いお湯に入ったら茹で上がってしまうのではないかと心配になったんです」
「……それって、私が煮魚になっちゃうかもしれないって意味?」

 にっこり。
 運は、笑顔で肯定した。
 煮魚とまではいかないにしても、同じようなことは思ったのだ。


「ひっどーい!私ちゃんと人間になってるし、お風呂のお湯だってそんな熱くないでしょ!?煮えたぎるようなお湯に入るんだったら、人魚じゃなくても死んじゃうじゃない!」


 思いがけない言葉に、瞳は顔を真っ赤にして怒る。そんなことを思われていたなど心外だった。
 だがそんな彼女の姿も、今の運にはかわいい要素にしかならない。
 怒られているという自覚はあるが、顔が緩んでいくのを止められなかった。


「そうですね。それでも僕は心配だったんですよ。でも、こうして直に瞳ちゃんがお風呂に入ってるのを見て安心しました。……ああ、本当だ。足は茹で上がってないですね」
「め、運にーちゃん……っ!」


 運は、目の前にある瞳の足を掴むと泡の中からそっと取り出した。
 目の前に掲げてみれば、それは浴室の淡い光の中でいっそう艶を帯びている。
 運は、その甲にキスを落とした。彼女の白い足が指先から緊張していくのがわかる。
 それに構わず、唇を移動させる。すべらかな甲から細く引き締まった足首へ。角質の柔らかい踵をかすめ、土踏まずを通って指先へと辿りつくと。
 

「や……っ!」


 小さな親指を舐め、そのまま口に含んだ。ころころと口の中で転がすと、指先がますます緊張していくのがわかる。
 

「……や……っめ、ぐる、にーちゃ……あ……っ」
「ふふ、どうしたんですか?僕はただ君の足が大丈夫かどうかを確かめてるだけですよ?」
「そ、んな確かめかたしなくても……」
「顔が真っ赤ですよ……?感じてしまったのかな?」
「や……っ!そ、そんなことないもん……!」


 ざぶん!と派手な音をたてて瞳の足が運の手から離れた。
 反動で、運の顔に湯がかかる。やりすぎたか、と思ったが瞳が浴槽から出る気配はない。
 顔にかかる雫を手の甲で拭いながら様子を伺うと、彼女は顔を赤くしたまま小さく震えていた。


「瞳ちゃん?」
「運ぬーちゃんのバカ……!」
「!」


 勢いよく立ち上がりかけた瞳の腕をすんでのところで捕まえる。今ここで逃げられたら、後で機嫌を直すことが更に難しくなってしまう。
 いや、それ以前に。
 今この場で彼女を逃がしたくはなかった。
 急に腕を掴まれた瞳はバランスを崩し、そのまま運の腕の中に倒れこんできた。
 先ほどよりも派手に湯が跳ね上がる。
 同時に、入浴剤の甘い香りがあたりに弾けとんだ。
 イランイランによく似た、惑わすような香り。それを吸い込み、運は腕の中に飛び込んできた瞳を抱きしめた。


「め、ぐる……にーちゃ……」
「ごめんなさい。ちょっと悪ふざけが過ぎましたか?」
「や、離して……」


 運に背中から抱きしめられる形となった瞳は、弱々しく抵抗する。
 だが声は威勢をなくし、振り上げた腕も難なく絡めとられてしまった。
 彼女の体が熱くなっているのは、決して湯のせいだけじゃないだろう。
 運は小さく笑い、瞳の肩に顔を伏せた。
 後頭部でまとめられた濡れた髪は、ところどころほつれてうなじにかかっている。それすらも甘い香りを纏って運を誘惑していた。
 

「……や……っ」


 運の舌は、肩を通り首筋を舐め上げ耳に到達する。形の良いそこに息を吹きかけると、瞳の体は小刻みに震えた。
 抵抗する力は少しずつ抜けていき、その体は運にもたれかかるように倒れてくる。
 拘束していた腕の戒めを解き、自由になった掌が形の良い胸を包み込んだ。
 ほどよく弾力のある、瞳の胸。人魚になった彼女を見たとき、零れ落ちそうなその膨らみを何度隠してしまいたいと思ったことか。誰の目にも触れさせたくなどなかった。自分だけのものとしてしまいたかった。
 その胸を、優しく包み込む。掌にはつんと固くなった中心が当たり運を誘っていた。


「ちょっとしか触ってないのに、もうこんなになっていたんですね」
「……や、違……だって、運にーちゃんが足とか舐めるから……」
「ああ、やはり足だけでも感じていたんですね」
「やぁ……ん、違う……っ」


 切ない声を出しながらも否定する口を、己のそれで塞ぐ。
 浅息を繰り返していたそこは開いたままで、すんなりと運の舌を迎え入れた。
 後ろからのキスは体勢が悪く、深くなるたびに瞳の体は運の腕の中へ落ちていった。
 運は、唇を離さないまま手を動かす。柔らかく触っていた胸を今度は強みに揉みしだき、中心を親指でこする。それに反応するように、瞳の体は小刻みに揺れていた。
 薄目を開け妻の媚態を確認し、運は嬉しそうに微笑んだ。
 

「……かわいいですよ、僕の奥さん……」
「あ……ん、やぁ……っ」


 左手はそのまま胸に置き、右手は湯の中へ潜っていく。
 先ほどからもぞもぞと動いていた瞳の太ももを割り、その中心へと指を伸ばす。


「……おや……」
「あ……っ!」


 ぬるり、と湯とは違う水の感触。それは、いつもよりも多く感じた。
 人差し指を差し入れると、その感触は更に大きくなる。
 奥へ奥へと導くように、瞳の中は熱く溶けていた。


「……あん……っあ、あ……やぁ……っ」
「ふふ、これはお湯ではないですよね?知らなかったな。こんなに僕を待っていてくれたなんて」
「ん……っち、違……」
「本当に君は意地っ張りですね。違わないでしょう?」


 唇を寄せたままそう呟き、運の指は瞳の中へと深く潜る。1本だった指を2本に増やし、親指はその先端の蕾をこすり始める。
 そうすれば瞳の強がりは霧散してしまうことは、今までの経験からよくわかっていた。
 

「あ、あ……やぁん……めぐ、る……んん……っ」
「……気持ち、いいんでしょう……?」


 耳元で囁かれた言葉に、瞳は無意識に頷いていた。
 彼女の中に出し入れする指が動くたび、互いの体も同じように動く。それに連動して、二人を包む湯もゆらゆらと揺れていた。
 ここが湯の中でなければ、派手な水音が彼女の中から聞こえていたことだろう。
 

「このまま、いきますか……?」
「指、いや……運にーちゃん……っ」
「僕がいいの?」
「運にーちゃんが、いい……!」


 まるで誘導尋問のようだと思いながらも、運は嬉しそうに笑った。
 やはり、愛しい妻から求められるのは最上の幸せだ。
 運は抱きしめていた瞳の体をそっと離す。そのまま反転させ向かい合わせになり、自分の膝の上に彼女を下ろした。
 水の浮力を借り、彼女を片手で支えながら自身を埋め込んでいく。
 本当は、彼女が自分の意思で挿れてくれれば一番良いのだが、この幼な妻にそれを強要するのはまだ気が引けた。何せ、結婚するまで彼女は自分の幼馴染――妹と言った方がしっくりくる存在だったのだから。


「ん……あ、つい……。お湯、熱いよ……のぼせちゃう……」
「熱いのは君の体ですよ」
「ん……そんなこと、ない……もん」


 くすくすと笑いながら、運は律動を開始する。
 二人のリズムに合わせて、水が揺れる。小さな漣は浴槽いっぱいに広がり、そのふちから溢れ出した。
 

「あん……あ、あ……っ!お、ゆ……こぼれちゃうよ……」
「余裕ですね……んっ……そんなこと、言えないようにしないとダメ、かな……?」
「やぁ……っもっとゆっくり……っ!」


 運は、瞳の細い腰を掴み上下に動かし始めた。漣は大きくなり、二人の体を打ち付ける。
 その波の中で、瞳は顔を高潮させ視線は天井へと上がっていった。
 浴槽の中の泡は湯と共に零れ落ち彼女の体をくっきりと浮かび上がらせた。
 運は目を細める。体に泡の残骸をまとわりつかせ、恍惚に飲み込まれそうな妻の姿は何者にも代えがたいほど美しい。
 彼女は何度抱いても、いつも違う顔を見せてくれる。
 幾夜を共に過ごしても、飽きることなど一生こないだろう。


「めぐ、る、にーちゃ……」
「違うでしょう?僕は、君の何?」
「旦那、さま……」
「ちゃんと呼んで?……瞳」


 首を振り、限界を訴える瞳の耳に唇を寄せる。 
 ふっと息とともに言葉を忍び込ませれば、彼女は潤んだ目で運を見つめた。
 その、桜色の唇が動く。


「運さん……」


 運も、もう限界だった。
 瞳の体を掴み、浴槽から立ち上がる。そのままタイルの上に彼女を寝かせると、体の底から湧き上がる衝動のまま腰を振った。


「ああぁぁぁ……っ!や、運さ、激し……っやぁぁぁん……っ!!」
「君、が……煽るからいけないんですよ……っ!」
「そ、んな……ぁぁんっ」


 瞳の手が、縋るものを求めるように運の首に巻きつく。そうすれば、自然と二人の距離も縮まりより深く繋がった。
 運の頭の中で白い光が弾け始める。それを高めるように、二人の唇が重なる。
 浴室の中に漂う甘い香りが、一層濃くなっていき脳内を溶かしていった。


「瞳……っ!!」
「ああぁぁ……っっ……――っ!」


 その中で。
 二人は、同時に弾けとんだ。










「……もう。信じられない」
「……ごめんなさい……」


 ベッドの上で、瞳がぐったりと体を横たわらせていた。
 運は布団の中ではなくベッドサイドで困ったように笑っている。
 あの、後。
 風呂で事に及んだことが災いして、瞳はのぼせてしまった。
 

「あんな所でするなんて。運さんってばひどい」
「ごめんなさい。瞳があまりにもかわいかったからつい……」
「ついじゃないよ……」


 瞳は頬をふくらませて、運を睨む。そんなことをしてもかわいいとしか思えない彼には、まったく効果がないのだが、そんなことには気づかない。
 大きな溜息をつくと、まだ入浴剤の甘い香りが体に纏わりついているような気がした。
 

「もう。あの入浴剤、お気に入りだったのにもう使えないじゃない」
「どうしてですか?」
「……だって……」


 今日のことを思い出しそうだから。
 とは、言えない。
 言ってしまえば、夫は嬉々として一緒に風呂に入りたがるに決まっているのだ。
 そんなことをされたら、彼女の身が持ちそうにない。


「もう……運さんって、えっちがねちっこいんだよ……」
「ひどいなぁ。君があんな香りの入浴剤を使ってるのが悪いんですよ」
「え?」
「イランイランに似た香りがしたでしょう?イランイランはね、催淫効果があるんですよ?」


 にっこり。
 今度から覚えましょうね。
 そう言われ、瞳はのぼせた顔をさらに赤らめた。


「運にーちゃんのバカ!!」



 これ以後3日に1度は王子がその妻の風呂に入るのが、リーテ王家の慣習となってしまった。
 










マメプリ初のエロ創作は、光の王子となりました。蒼先生と迷ったのですが、とりあえずエロと言えばこの人で。タイトルのBubble bath girlに深い意味はありません。「泡風呂かぁ…。Bubble?おお!Bubble bath girlでいいんじゃないの?」と適当に。ちなみにこれ、ジャンケンの好きなコニ○ちゃんの歌の題名です。ものすごくかわいい歌なのに、こんな創作しちゃって……orzごめんよガチャ○ン……





モドル