かわいいひと。

「ルイ……かわいい……」

 シャルは、目の前の妻にうっとりと視線を向けた。
 柔らかな長い髪は、春の太陽の光を集めたような柔らかな色。大きな目は海をそのまま移したかのような、澄んだ蒼。
 ただそこにいるだけで陽だまりのような穏やかさを感じ、笑うとまるで花が咲いたように周囲を明るくさせる。
 彼の花嫁は、とてもとてもかわいらしいひとだった。

「ルイ、ルイ、かわいい」

 魔族の中で育ってきた彼にとって、かわいいという感覚は今まで持ち得なかったもの。
 花を見れば綺麗だと思うし、光り輝く風景を見れば美しいとも思う。
 けれど、かわいいと思うこの感情は、それらすべてとは違っていた。
 かわいい。
 妻を見るたびに、心が熱くなったり胸が締め付けられるような感覚が彼の中で渦巻いている。
 それを感じるたびに、ひどく幸せな気持ちになるのもまた嬉しいことだった。

「ルイ、かわいい」

 もう一度そう告げると、ルイは困ったように微笑んだ。
 
「シャル、あんまり言わないで」
「どうして?ルイ、かわいい。おれ、かわいいって言いたい。だめ?」
 
 小首をかしげてそう言うが、ルイは困った顔のまま。
 そんな顔もかわいくて仕方がなかったが、彼女が嫌がるから「かわいい」という言葉は封印する。
 小さく溜息をつけば、ルイは少し慌てたようにシャルの傍へ近づいた。

「あ、あのね、別に嫌なわけじゃないのよ?ただちょと恥ずかしくて……」
「恥ずかしい?何で?だってルイ、かわいいのに」

 言わないと決めたそばから、またその言葉が出てしまう。
 シャルは、あっと口を押さえたが遅かった。

「……ごめん……」
「いいのよ、シャル。ただね、ちょっと時と場所を考えてほしいだけなの」
「時と、場所?」

 きょとんとした表情のシャルに、ルイは視線を流した。
 その先には、見慣れた姿。
 シャルは言われた言葉を反芻し、理解しようと努める。
 時:今は、母に呼び出されて話が終わった後。
 場所:ここは自分たちの部屋ではなく、城の大広間。
 
「……他の人に聞かれるのが、恥ずかしい?」

 ようやく導き出された答えに、ルイは盛大に赤くなりながらも頷いた。
 けれど、シャルはそれが不満で仕方ない。

「何で?他の人にも聞いてもらったほうがいい。魔族、かわいくないから、ルイがかわいいの、見てもらったほうがいい」
「ちょ、シャル……っ!」

 憮然として呟かれた言葉に、ルイが慌てる。
 だが、時すでに遅し。
 先ほどより彼女の背後から感じていた視線が、よりいっそう冷たく痛く突き刺さるのを感じた。

「シャルよ……いい加減に致せ」
「おかあさま」

 年の割りに美しい顔を引きつらせた母イザベルが、腕を組んで二人を見ていた。
 そのこめかみがぴくぴくと動いているのは、決して見間違いではないだろう。
 だが、シャルはなぜ母がそんな顔をするのかが理解出来ない。
 慌てたのは、ルイの方だった。

「お、お義母さま、あの!」
「そなたは黙っておれ。まったく、これが我が息子かと思うと情けなくなってくるわ」

 イライラと踵を鳴らし、母は顔を歪ませた。
 彼女は最近、殺気立っている。
 趣味とも日課とも言える戦を出来ない状況に追い込まれ、長年掛け続けてきた息子への術はまったくかからなくなってしまった。
 それに加え、最近彼が反抗的になっている。
 以前ならば術に物を言わせることが出来たのだが、最近シャルはなぜか強い。
 妻が自殺未遂をしてから、妙に強い。
 軍議でも発言するようになり、イザベルに隠れて近隣諸国に停戦協定を結んでくる始末。
 巷では、シャルが王位を継ぐ日が近いとまで言われているのだ。
 イザベルがおもしろくないわけがない。
 加えて、実験のために拾っただけのつもりの人魚が、嫁として居座り続けているこの現実。更に息子はベタ惚れだわ、その人魚に気を遣われるわで、彼女の忍耐力もピークだった。
 その上、毎日のコレである。
 かわいい、かわいい。
 魔族の息子が、相好を崩し嫁を褒めまくるその姿は、気が遠くなりそうなほどだった。

「おかあさま」
「……何じゃ」
「おかあさまも、ルイを見習うといい」
「………………は?」
「シャル!!」

 顔色を失くすルイには気づかず、シャルは良いことを思いついたと得意になった。
 ――もちろん、母の表情の変化など気にも留めていない。

「おかあさま、かわいくないから。ルイ、見習うといい。そしたらちょっとはかわいくなる」
「シャル、シャル、お義母さまはお綺麗だからそんなこといいのよ!」
「そんなことない。おかあさま、ちょっと無理しすぎ。ちょっと哀れ」
「シャル……っ!」

「おのれ、シャル……よくぞそこまで申した……」
「お、お義母さま、シャルは悪気はないんです!ちょっと言葉が足らなくて…」
「そなたはよいのじゃ!この馬鹿息子には一度きちんと話をせねばならぬ!」

 こめかみの青筋が今にもきれそうなイザベルに、ルイは必死で言い訳をする。
 だが、怒りに震える彼女にその言葉は届かなかった。
 ルイを押しのけシャルのもとへ行こうとした彼女だったが。
 気が立ち過ぎている為か、足元がふらついてしまっている。
 
「お義母さま、危ない!……きゃ……!」
「ルイ!」

 大きくふらついてしまったイザベルをルイが支えようと動いた。しかし、華奢な彼女にイザベルを支えられるわけがなく、反対にルイの方がバランスを崩してしまった。
 それをシャルが抱きとめる。
 はっとしたイザベルが顔をあげると、そこには昔懐かしい冷たい表情をしたシャルの顔があった。

 
「おかあさま。ルイの話もちゃんと聞いて。ね?聞かないと、だめ」

 すっと長い指を伸ばし、シャルは母の額に触れる。
 かっと眼を見開いたままのイザベルは、そのまま気を失った。

「誰か、おかあさまをお部屋に運んで。ちょっとお疲れみたい」
「シャル、なんてことするのよ……!」
「ちょっと眠ってもらっただけ。大丈夫」

 平然と言い、シャルは指示を出す。
 わらわらと出てくる兵士たちも手馴れた様子で、イザベルを運び出した。
 その様子を見てルイは溜息をつく。
 
「ルイ?疲れた?部屋、帰る?」
「疲れてないけど、ちょっとお部屋に帰りたいかな。シャル、お部屋でおしゃべりしよう?」
「うん!おれ、ルイの話聞くの好き。今日は何の話してくれる?」

 無邪気に笑うシャルに、ルイはまた困ったように微笑んだ。
 母に抵抗したり、魔力が強くなってもやはりシャルはシャル。
 そのことが頼もしくもあり、悩みの種でもある。
 特にイザベルのこととなると、もう少し気を遣ってほしいもの。

「今日はね、私のいた世界の話してあげる。ドラマの中の話なんだけどね」
「どらま?」
「うーん……絵本、みたいなものかな。動くけど……」
「ふーん?何の絵本?」


 にこにこと笑うシャルからそっと視線を外し、ルイは溜息をついた。




「……渡鬼って呼ばれてる話なんだけどね……」





 嫁姑問題というものを、少しは理解してもらわないと。
 



 平和になったシュワルツェ。けれど、本当の平和はまだまだ遠いようだった。














END後は、きっとシャルも強くなってるはず!と勝手な想像をしました。
だって、いつまでも母の言いなりになってたら結婚生活おもしろくないんだもん。
と、今回も勝手な自分設定です。スイマセンorz

 
 



モドル