この命と引き換えにしても・・・

 

 神子の、笑った顔が好き。
 

 神子が笑うと、まるで花が咲いたように、明るくなる。


 神子は美しいから、どんな表情をしていても、とても素敵。






 ああ、でも。




 神子の辛そうな顔は、綺麗だけれど、悲しい。




 神子には、そんな顔して欲しくない。





 私の神子。





 私が、貴女の願いを叶えるから。



 貴女がいつも笑っていられるように。



 私が、貴女の願いを叶える。


















                     この命をかけても。

















 「・・・・痛・・・っ!」
 「神子!?」

 望美の鋭い声に、白龍が素早く反応を返した。
 見れば、彼女の白い腕からは鮮やかな赤。
 その鮮烈な色と、苦痛に歪められた顔とで。
 白龍の中の意識が。
 
 ふつりと、切れた。

 「私の、神子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!」


 「は、白龍・・・!?」
 「え、おい、白龍・・・・!!」

 白龍の周りが、光に包まれる。
 まるで、浄化にも似た清廉な光。
 それに包まれた目の前の怨霊は。
 望美の刃を受けることなく、光の中に溶けていってしまった。

 今まで見たこのない光景に、望美の目が見開かれる。
 その目の前で。
 光は少しずつ小さくなっていき。
 最後には、白龍の体に戻っていった。
 その瞬間。

 どさり。

 長い銀髪を揺らしながら。
 その体は崩れ落ちていった。
 


 


 「力を使い過ぎたんだと思いますよ」

 多分、と付け加える弁慶の目の前で、望美が安堵の溜息をもらした。
 意識を失くした白龍を何とか熊野の宿まで連れて帰ったのは、まだ日が暮れる前だった。
 今は、あたりはもう暗闇に支配されている。
 それなのに、白龍はまだ目を覚ます気配はない。

 何か悪い病気かもしれない。
 蒼白な顔で告げる望美に、弁慶は苦笑した。
 龍なのだから、と。

 それでも、安心することは出来ず、こうして状態を看てもらったわけなのだが。
 弁慶とて、龍の体のことはわからない。
 それでも、規則正しい寝息を聞く限りは大丈夫なのだろうと推測出来た。
 何より。
 この神子大事な龍が、こんなことぐらいでくたばるとは思えない。
 
 しかし、いくら大丈夫と言われたところで、望美は動こうとはしなかった。
 白龍が目覚めるまで傍に居る、と。
 苦笑しながらも、弁慶はそれを黙認する。
 部屋に戻したところで、彼女が安心して眠れるわけないだろうし。
 ー龍と神子の絆で意識も戻るかもしれない。
 そういい残し、彼は部屋を後にした。

 
 しん、と静まり返った部屋の中で、規則正しい寝息だけが微かに聞こえる。
 龍でもこんな風に眠るのか、と望美は少し安心してその顔をのぞきこんだ。
 小さな頃の面影を残しつつも、随分と精悍になってしまったその顔立ち。
 意外に睫毛が長く、蝋燭のほのかな灯りで色濃い影を落としている。
 望美は、その頬にそっと触った。

 脳裏に浮かぶのは、燃えさかる焔。
 その中で。
 この青年は、命を絶った。
 いや。
 その命が消え去るところを目にしたわけではないが。
 あの状態で、生きていけるはずもないのも事実。
 
 上下に動く喉。
 小さな頃にはなかった喉仏。
 そして。
 きらりと光る、鱗。
 龍の逆鱗。
 

 彼の、命。


 




 ー神子、生きて・・・・ー





 一度は外された、その命。
 他でもない、自分の為に。


 その命は、今でも彼女の手にある。
 彼によって、望美は生かされた。
 そして、彼の命によって、今彼女は再び彼に出会えた。

 いくつもの運命の螺旋を巡る。
 しかし。
 きっとその出口には、彼の姿があるだろう。


 私が神子を守るよ。



 そう言って笑う、白龍の姿が。




 しかし。



 「私は、守られてるだけんて嫌なんだよ・・・?」

 私の、龍。

 声に出さずにぞっと呟く。



 ぽた・・・・。




 見つめていた白龍の顔に、雫が落ちた。
 ひとつ。
 またひとつ。

 それは。


  望美の、涙。





 「・・・神子・・・?」

 それに反応するかのように、白龍の瞼がゆっくりと開く。
 金色の瞳は、まだぼんやりとしていた。
 しかし、望美の姿を映し出すと生気が戻っていくようにしっかりしたものになっていく。
 
 「神子、泣いているの・・・?」

 体はまだ言うことを聞かず、手だけを伸ばす。 
 望美は、その手を受け取り、自分の頬へ押し付けた。
 骨ばった男の、手。
 白龍の、手を。

 「白龍・・・無事で良かった・・・」
 「・・・私が、神子を泣かせているの・・・?」
 
 暖かな涙を掌に感じ、白龍は眉をひそめた。
 定まってきた視線の先では。
 涙を零す、望美の姿。
 
 決して、悲しい顔をさせたかったのではないのに。
 
 笑った顔が見たかったのに。



 結果として、神子を泣かせてしまった。




 白龍の胸に苦いものが広がる。
 こんな感情は知らない
 こんな苦しい感情の名前など、知らない。
 

 「神子・・・」
 「は、白龍、寝てなくちゃダメだよ・・・・!!」

 起き上がろうとする白龍を望美はあわてて止めた。
 しかし、望美が泣いていることにショックを受けている彼には到底聞こえない。
 そのまま体を起こし、間近にある望美の体を抱き寄せた。

 「は、白龍・・・!?」
 「泣かないで、神子・・・。私が、神子を守るから。・・・命をかけても・・・」
 
 その一言に望美が反応する。
 蘇る、記憶。
 

 赤い焔と。

 逆鱗を外す、白龍。




 命なんて。

 命なんて、かけて欲しくないのに。



 「神子・・・・?」
 「駄目だよ、白龍」
 「・・・え・・・?」
 「白龍がいなくなるなんて、駄目・・・・。命なんてかけないで・・・・」

 白龍の背中に、望美の手がまわる。
 広くなった、彼の背中。
 小さかった頃と同じように抱きしめてもまるで違う。
 そして、それは。
 彼女の中に育ってきた想いも、同じだった。

 小さな白龍に抱いていた想いとは違うもの。
 いや。
 違うもののように成長していった、心に渦巻く感情。


 失くしたくない。



 もう二度と。




 「・・・・それが、神子の願い・・・・?」


 望美の額に口づけを落とし、白龍がそっと呟く。
 答えるように、望美はその背に回した腕に力をこめた。
 決して、離れたくないと叫ぶように。
 



 「・・・わかった。叶えるよ、神子の願い」





         私は、貴女の願いを叶える龍なのだから。









 命をかけて、貴女を守る。
 

 貴女の心ごと。

 この命と引き換えにしても。






       命をかけて、貴方を守る。
       
       もう二度と、離れないように。

       この命と引き換えにしても。





        



                  あなたのために。











                この命と引き換えにしても。