my precious darling

 「朔っ!!朔、朔はどこ!?」

 ドタバタと走る足音と。大きな声で叫ぶ声。
 そろそろ陽も高くなる刻限、梶原邸に賑やかな音が響き渡った。
 名を呼ばれた朔は、びっくりすると同時に頬を緩ませる。
 その顔には、紛れもない安らぎ。
 自分を探す、その声は。
 愛しい存在のかわいらしい声、だったのだ。

 「黒龍、ここよ」
 
 決して大きくはない声で返事をすると。
 派手に走る音が、確実にこちらに近づいてきた。
 汗をかいて髪を振り乱して。部屋の中に飛び込んできたのは、小さな男の子。
 絹糸のような黒髪と、きらきら光る黒曜石の瞳。

 一度は儚く消えてしまった、彼女の龍。
 
 再び目の前に現れた彼は、記憶のものよりも小さな姿ではあったけれど。
 愛しいと想う気持ちは変わらなかった。


 「朔っ!」
 「どうしたの、そんなに慌てて。遊びに行ったんじゃなかったの?」
 「うん、今帰ったんだよ。あのね、朔。聞きたいことがあるんだけど」

 息も荒いままで、黒龍は朔の前に腰を下ろす。
 その姿は、彼女の親友がいつも一緒にいた龍と似ているけれど。
 やはり、傍にいて安心するのは、自分の龍だからだろうか。
 
 「聞きたいこと?」
 「うん」
 「なぁに?」
 



 「朔は、私の母上か!?」
 
 
 
 「……え?」




 思いがけない言葉に、朔は言葉を失った。
 しかし、当の本人は真剣そのもの。
 答えないといけない雰囲気がそこにはあった。

 「母……では、ないわね」
 「では、姉上!?」
 「あ、姉でもないけれど」
 「妹は違うな。私の方が小さいし。では、叔母上?景時が私の父上か?」
 
 くらくらと回る頭をそっと押さえる。
 母、姉、妹。それだけでも衝撃だったのに、景時が父だ、と。
 いくら自分達が、兄に早く落ち着いて欲しいと思っているとはいえ、いきなり子持ちになってもらっては困る。

 「……ごめんなさい、黒龍。姉でも、叔母でもないわ。血縁関係はないのよ」

 小さな子どもに告げるには、幾分酷な言葉かもしれない。
 けれど、小さくとも…力を失っていたとしても。
 彼は龍。
 誤魔化すような言葉は使いたくなかった。
 
 「では、朔…。私は一人ぼっちなのだろうか」

 告げた瞬間、目に見えて分かるほど、黒龍の肩が落ち込んだ。
 しゅん、と項垂れて視線を床に落とす。
 そうする仕草は、人間の子どもと変わらない。
 朔は、先程の言葉を頭の隅で、ほんの少し後悔した。
 
 胸を鋭く刺す痛みに耐えながら、朔は手を伸ばした。
 小さな体をそっと抱きしめる。
 太陽の匂いがその体から、ふわりと立ち上った。
 この香りは、変わらない。
 彼女が夫と呼んだ彼と、腕の中の小さな彼が、同一の存在だということを知らせてくれる。
 愛しい。
 姿は違えど、この魂が愛しい。

 「一人ぼっちではないわ。私がいる」
 「でも……」
 

 「血の繋がりはなくても、私があなたの母になってあげる」
 「え?」
 「母になってあげる、姉になってあげる。兄上に言って、父になってもらうわ。そしたら私は叔母よ。……妹は、少し難しいけれどね」

 少しおどけながら、朔は抱きしめる腕に力を込める。
 口調とは裏腹に、目尻には涙が浮かんでいた。
 見られるわけにはいかない。

 「だから、あなたはひとりぼっちではないのよ」

 そう言うと、腕の中の小さな体が身じろぎした。
 密着した体に空間を開け、そこから腕を出す。
 そのまま、黒龍は朔の体を抱き返した。

 「うん、そうだな。……私には、朔がいる」

 落ち着いた、その声に。
 朔はふんわりと微笑んだ。

 「でも」

 言いながら、黒龍はぴょんと朔の腕から勢いよく抜け出した。
 その顔には、もう先程の暗い表情はなく、明るいもの。


 「本当は、朔が母上や姉上じゃなくて、安心した」

 「え?」



 「私が、朔の子どもや弟でないのなら、朔を恋人にすることは可能だもの」





 にっこり。


 極上の笑みを残して、黒龍は再び走り出した。
 安心したらお腹が減った、と言いながら。

 残されたのは。
 顔を真っ赤に染めた、朔一人。



 そういえば、昔。
 望美が、白龍の突飛な発言に振り回されていたことが思い起こされる。
 

 似てなくとも、やはり龍は同じような言動をするのだろうか。





 彼女の動悸が収まるのは、今は高い陽がどっぷりと暮れる頃。














 
自己満足極まりないの黒龍と朔の話でした。
黒龍の成長スピードは、ときめき○ゥナイトの真壁くん並だと信じたい乙女心。
黒龍の口調は、あえて白龍と変えてみました。
白龍が、大きくなっても子ども口調なのに対し、黒龍は小さくなっても大人口調。
スイマセンorz