春雪

 くしゅん。

 斎藤は、小さなくしゃみの音で目を覚ました。
 辺りはうっすらと明るく、朝が近いことを教えてくれる。
 
 くしゃみをしたのは、彼の妻。
 隣に敷かれた布団の中で、ふるりと身を震わせていた。
 確かに、今朝は何だか肌寒い。
 
 
 「・・・大丈夫か?」
 「・・・あ、すいません、起こしちゃいましたか?」
 「いや、かまわない」

 そう言うと、斎藤はそっと身を起こした。
 妻ー鈴花の額に手を当ててみるが、どうやら熱はないようだ。
 そんな夫の様子に、鈴花は笑う。
 大袈裟ですよ、と。
 
 「今朝は冷えますね」
 「ああ・・・寒いはずだ。見ろ、雪が降ってる」
 「ええ?あ、本当・・・。もう春なのに・・・」

 襖を開くと、そこから真っ白な雪が見えた。
 薄明るい空から、ちらほらと舞い落ちてきている。
 その形からして、積もる雪ではなさそうだが。
 それでも、寒い事には違いない。

 季節は、もう春に掛かろうとしていた。
 桜の蕾も膨らみ、花開くのもあと僅か。
 昨日は、麗かな陽気の下で日向ぼっことて出来たというのに。


 「嫌だなぁ・・・また冬に戻っちゃったみたい」

 ぽつりと呟いた鈴花の言葉に、斎藤が小さく笑った。
 冬の初めは、雪が降ったと大喜びしていたのに。
 そう指摘してやると、鈴花はぷうっと頬を膨らませる。
 それはそれ、これはこれなんです、と。
 そんな様子は、実際の歳よりも彼女を幼く見せる。
 ちょうど、出会った頃のような。

 斎藤は、静かに襖を閉めた。
 冷気が入りすぎて、再び鈴花が身震いしたのだ。
 そのまま、二つの布団をくっつける。

 「・・・一さん・・・?」
 「まだ起きるには早いだろう?」

 半身を起こした鈴花を布団の中に入るよう促し、自身も布団へ入る。
 掛け布団は、半分掛け合わせるようにすると、彼女との距離が縮まった。
 そっと抱き寄せると。
 寒いからか、抵抗なく抱きついてくる小さな体。
 思ったよりも冷えてない鈴花の体を、きゅっとだきしめる。
 鈴花は、答えるように斎藤の背中へ腕を回した。
 いつもよりも、積極的だ。
 そうして、二人で体温を分け合えば。
 冷えていた布団の中も、少しずつ温度を上げていく。
 
 斎藤は、鈴花の頭に唇を落とした。
 柔らかな髪の毛が鼻腔をくすぐる。
 鈴花は、甘えるように、彼の胸に頭をこすり付ける。
 猫のようなその仕草に、斎藤は愛しさがこみ上げてきた。
 
 「鈴花・・・」

 そっと呼んで、その体を自身の上に乗せる。
 ちょうど、掛け布団のように。
 鈴花は、落ちないよう気をつけながら、斎藤の首にかじりついた。
 いつもは、見下ろされている自分が、こうして同じ位置でいられる。
 それが嬉しかった。
 鈴花は、そっと斎藤の唇に自身のそれを重ねる。
 触れ合うだけの口付けは、次第に熱を帯びていき。
 二人の体温が同じだけ上がっていった頃には。
 交わす吐息に、甘い色が滲んでいた。

 斎藤の手が、上に乗っている鈴花の夜着の袷から滑り込む。
 彼女の体はすでに熱く、しっとりとその手を迎えた。
 
 「・・・一さん、今から・・・?」
 
 胸の膨らみを撫で上げると、体を捩りながら、鈴花がそう問う。
 斎藤の手に反応を返しているものの、ほんの少し残った理性が、次第に明るくなる外を気にしているようだった。
 
 「まだ、起きるには早いと言っただろう」
 「で、でも・・・ん・・・っ・・・一さん、今日もお仕事・・・」

 言い募る割には、彼女の体は熱くなっていた。
 夜着は半分以上肌蹴け、白い肌がうっすらと桃色に色づいている。
 
 「・・・今ここでやめれば、余計に仕事なんか出来やしない」

 斎藤は、首筋を舐め上げそう呟く。
 唇が離れたところが急に冷え、鈴花は彼の体を引き寄せた。
 外気から身を守るように、二人の体が重なりあっていく。




 寒い方がいい。


 二人で抱きしめ合う理由が、出来るのだから。




 


 季節外れの雪に感謝しながら。







 斎藤は、甘い吐息を飲み込んだ。