初日の出
「おら、年明けたぞ」
「……んー……」
携帯の表示が零時を示したところで、隣に座る毛布の塊をつついた。
しかし、返ってきたのは眠そうな唸り声だけで、起きてくる気配はない。
半ば予想出来たことなので、琥一は諦めたように溜息をつき、手にしていたマグカップを口元に寄せた。
美奈子がプレゼントしてくれた、琉夏と色違いのそれは冬の寒さに冷え切っており、中身はすでに飲み干した後だった。
琥一はもう一つ溜息をつき、横で眠る美奈子を見つめた。
「……おまえが一緒にいようって言ったんだろうが」
呆れた声を出すつもりだったのに、その声は自分でも驚くほど甘い。
琥一は苦笑しながら、固めた髪の毛をがりがりとかいた。
時計は午前0時7分。こんな時間に美奈子といることなど、普段の生活からは想像出来ないことだった。
ことの起こりはつい昨日だった。
「ねぇ、コウくん、初日の出一緒に見よう!」
「……はぁ?」
大晦日、一年の最後の日に遊びに誘われた琥一は、首元を通り過ぎる寒い風に顔をしかめていると、美奈子が明るい声で提案してきた。
「何言ってんのかわかってるか?」
「わかってるよ。だって家に帰っても一人なんだもん、そんな年越しつまんないでしょ?」
「一人って……家族はどうした」
「父さんの実家に行っちゃった。私、一応受験生だから置いていかれちゃったよ」
ぺろりと舌を出す姿は、全然受験生には見えない。
誰もいない家に美奈子を一人にしておくのは、琥一としても心配だった。
しかし、だからといって年頃の男女が一晩を一緒に過ごすのはどうかとも思う。
これが彼氏としての立場ならば、琥一とて喜んで彼女を泊めるのだが、二人の仲は未だに不明瞭なものだった。
ただの幼なじみかと言われれば、胸を張ってそうではないと言える。しかし、恋人なのかと問われれば、同じようにそうではないと言わなければならないだろう。
琥一は大きな溜息をついて、west beachから見えるはずの初日の出について語る美奈子の顔を見た。
どう見ても、彼女には男の家に泊まるという意識はないようだ。
「……うちも、今日は琉夏はいないぞ。稼ぎ時だとかで泊まりでバイトに行ってる」
「えーそうなんだ、ルカも一緒だと楽しかったのに」
とりあえず告げなければいけないことは告げたが、彼女の反応は予想通り軽いものだった。
「コウくんは? 何か予定入ってるの?」
「俺は別にねぇけどよ……」
「じゃあ、一緒に初日の出見ようよ、だめ?」
かわいらしく首をかしげる美奈子に、琥一は頭痛を覚えた。
しかしここで自分がOKしなければ、この無自覚な女は他の男友達に電話をかけるかもしれない。
脳裏に浮かぶ、はば学の有名人達が琥一に睨みをきかせてくる。
――こいつらの所には行かせねぇ。
恋敵たちに睨みをきかせ、琥一は美奈子の頭に手を置いた。
「……わかった。その代わり、ちゃんと厚着してこいよ。wset beachは寒ぃぞ」
彼女の厚着は、同時に自分へのストッパーになるはずなのだ。
そして、美奈子は一度家に帰り、風呂を済ませてからwest beachにやってきた。
一見厚着に見えない彼女を怒鳴りつけると、上から下までヒートテックだと頬を膨らませていた。
確かに暖かいらしく、美奈子は隙間風の入る琥一の部屋でもくしゃみ一つしなかった。
しかし、厚着のもう一つの意味合いである琥一へのストッパーの役目はあまり果たせていない。
食事をすませ、琥一の部屋でまったりと過ごしていると、美奈子はゆっくりと目を閉じだした。
投げ出されたレギンスに包まれた足と、白く発光するような細い首は琥一を誘っているように見えて仕方がない。
何とか毛布に包んでやると、今度は本格的に寝だしてしまう始末で、年明けすら待てなかった。
「……今日もはしゃいでたもんな」
静かな寝息をたてる美奈子の頬を撫でると、長い睫毛がぴくりと動いた。それでも起きる様子は全くない。
そのまま誘われるように薄く開いた唇に指を乗せると、静かな吐息が爪先をくすぐった。
「……ん、コウ、くん……」
小さく名前を呼ばれはっとして指を離すが、ただの寝言だったようで大きな目はまだ開かなかった。
安堵の溜息をつき、琥一は立ち上がった。
このままここへいては、自分の理性がもちそうにない。
マグカップを片手に螺旋階段を降り、店舗でもあるキッチンで美奈子が持ち込んだインスタントコーヒーを入れる。
ガスコンロに古びたヤカンを乗せ、湯を沸かしながらポケットに押し込んだ携帯を取り出すが、時刻はまだ午前0時30分。まだまだ道のりは遠い。
「日の出って何時なんだ……」
重い溜息をつき、湧いた湯をカップに注ぐ。インスタントでも芳醇な香りが立ちのぼり鼻腔をくすぐった。
行儀悪く歩きながら口を付け、そのまま店舗のソファへ腰を下ろす。無駄に広いこの場所は、琥一の部屋よりも寒いが、ダウンを着こんで来たのでさほど寒くは感じなかった。
「拷問かってんだ」
小さくごちながらソファに身を沈めていくと、喉を通るコーヒーの温もりと共に眠気が湧いてきた。
自分の部屋ではまだ美奈子が寝ているだろう。このままあそこへ行けば、眠気もすぐに飛んでしまう。
琥一は冷たいソファにごろんと横になり、目を閉じた。風邪はひくかもしれないが、死ぬ事はないだろう。
それに頭を冷やすにはちょうど良いかもしれない。
眠りの波に飲み込まれながら、琥一はぼんやりとそう思った。
「コウくん、コウくんってば」
「あ……?」
元気の良い声に目を覚ませば、そこはまだ暗い部屋だった。
起こすんじゃねぇよ、と不機嫌に呟きながら寝返りを打とうとして、琥一ははっと目を開けた。
「美奈子」
「おはよう、起きたらコウくんいないからびっくりしちゃった」
目の前には、琥一とお揃いのようなダウンを来た美奈子の姿があった。
部屋の暗さからみてまだ太陽は昇っていないようだったので、どうやら日の出の時刻を調べて携帯のアラームをセットしていたのだろう。
男の家に来て寝るのを想定する美奈子は、やはり大物なのかもしれない。
琥一は不機嫌さをアピールすべく、思い切り眉根を寄せた。
他の人間ならば怯むところだが、相手は美奈子。まったき気にしない様子で、まだソファに寝転んだままの琥一の腕をぐいっと引っ張った。
「太陽、もうすぐ昇りそうだよ、外行こう、外!」
「はぁ? 寒いに決まってんだろ」
「寒くてもいいよ、行こうよ」
少し眠ったからか、妙にテンションの高い美奈子に引きずられ、琥一はwest beachの扉を開けた。
冷たい海風が容赦なく襲い掛かり、思わず首をすくめる。
その横を美奈子は元気よく抜かし、砂浜へと走っていった。
「犬か、あいつは」
呆れたように言いながら彼女の背を追いかけると、真っ暗な海が少しずつ明るくなってくるところだった。
「わぁ……!」
美奈子が感嘆の声をあげ、瞳を輝かせる。それだけで、今までの億劫な気持ちが吹き飛ぶから不思議だ。
めろめろかよ、と自分で自分につっこみを入れながら、琥一はダウンの襟元をかきあわせた。
west beachで迎える3回目の元旦だが、こうして初日の出を見るのは初めてだった。
いや、普通の日の出すらこんな間近で見ることはなかっただろう。
ゆっくりと姿を現す太陽は雄大で、不覚にも胸が熱くなってしまう。
「すごい、きれい……!」
「あ、ああ……」
上ずった美奈子の声に、冷静を装いながら小さく「悪くねぇ」と呟く。
その声に、彼女が小さく笑ったのは見て見ぬふりを決め込んだ。
「あ、忘れてた」
「ああ?」
美奈子の言葉で彼女の顔を見ると、次の瞬間柔らかなものが腕の中へ飛び込んできた。
ふわりとしたその香りが、愛しい女のものだと知らせていたが、頭の中身はまだついていっていない。
「あけましておめでとう、コウくん」
「お、おう」
「今年もよろしくね」
「おう」
琥一の腹に抱きつくような形になった美奈子へ、ぎこちなく腕をまわす。
「おう、じゃないでしょ」
「……おめでと、よ」
「ふふっ、変な挨拶」
「うるせぇよ」
小さく笑う彼女の頭を小突くと、薄っすらと赤く染まった顔が窺うように上を向いた。
その瞬間、何も考えていないと思っていた彼女が、それなりに自分を意識しているのだと理解する。
「……来年も、こうやって二人で初日の出見ようね」
「……おう」
まわした腕に力をこめると、美奈子の体がより密着する。
海風が二人の体を冷やしていくが、それでも建物の中にいるより暖かく感じた。
今年初めての太陽がその姿をすっかり現すまで、二人はそこで寄り添ったのだった。
あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
蓮華草 准胡
モドル