後朝

 眩しい。
 閉じた瞼の裏に光が入り込んでくる。
 起きなければ、と重い頭で考えるがどうもうまくいかない。
 体が思うように動かないのだ。
 少しでも動かすと、悲鳴をあげるように体のあちこちが痛んだ。

「い…ったぁ…」

 思わず涙声をもらしてしまう。
 その時、光がさっと翳っていった。
 
「目ぇ覚めたか?」
「…え?」

 突然聞こえた第三者の声に、鈴花の瞼がぱちっと開く。
 光が翳ったと思ったのは、障子の前に人が来たから。
 そして、その人物は。

「永倉さん……?」
「おう。大丈夫か?」

 大丈夫じゃないです。
 情けなくそう答えた後に、なぜここに永倉がいるのかと不思議に思う。
 まだぼんやりと霞がかった頭を必死で起こし、鈴花は記憶を辿った。
 確か昨夜は、布団に入ったけれど眠れなくて。

「起きれるか?」

 いつもより優しい声音の永倉に助け起こされながら、鈴花は尚も考えた。
 考えながらも、助け起こす永倉の手がいかにも自然に自分に触れてくることを不思議に思いながら。
 そして、その手をこれまた自然に受け入れている自分がいることもまた、不思議なのだが――。

「桜庭?」
「え?」

 名前を呼べれて顔を上げる。
 そこには、いつになく真剣な永倉の表情。
 そして、その目の奥に燻る何かを見たとき。
 鈴花は、昨夜をすべて思い出した。

「――!」

 朧月夜に魅せられた、昨夜の出来事。
 夢か現かわからない。
 けれど、体は覚えていた。
 熱い舌、優しい手。
 そして、自分を貫く炎。
 
「あ、あの、私……っ!」
「おい、そんなすぐに動いたら」
「痛っっ……!」

 焦って体を動かそうとした瞬間、体を鈍い痛みが襲った。
 永倉が、気遣わしそうにその背を抱き起こす。

「永倉さん……」

 そっと名を呼べば、永倉が鈴花の顔を覗き込んでくる。
 目の奥には昨夜のような炎はないが、気遣うような優しい光がそこにはあった。

「…永倉さん…」
 
 もう一度名を呼べば、永倉はそっと鈴花を抱きしめた。
 
「…本当は、夢だと思われててもいいと思ったんだ」
「…え…?」
「オメーが俺の胸に来るなら、ただ一晩だけの夢だと思ったんだ」

 苦しげに呟かれた言葉は、鈴花の心に染み込んでいく。
 
「…けど。眠っちまったオメーを見てたら、夢のまま終わらせたくなくなった」
「永倉さん……」

 鈴花の目から、ぽろりと涙が零れ落ちた。
 それを拭うように、永倉の唇が頬を掠める。
 
「……現でも、かまわねぇよな……?」

 確認するその言葉に。
 鈴花は、黙って頷いた。


 霞んだ月はもう見えない。
 朝の光の中で、二人はもう一度唇を重ね合わせた。






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