「『ちょくらあと』と言うんじゃ」


聞き慣れ無い名前の黒い塊。これがお菓子だと知った時は驚いた。
見かけこそ無骨だけれど、口に含むと不思議な甘さが口一杯に広がる。
完全に溶けて無くなった後も、その甘さは尾を引いていた。
もっともっと欲しくなってしまう。虜になる。まるで媚薬のように。


「どうじゃ? 甘くて美味いじゃろう? うんうん、そんな嬉しそうな顔をされると、
 持って来た甲斐が有るっちゅうもんじゃ」

新しもの好きの才谷が、また珍しいお菓子を持って遊びに来ていた。
鈴花は最初こそ訝しそうな顔をしていたものの、一旦食べてしまうと、
その何とも言えない甘美さに抗うことは難しかった。

「西洋って凄いですねえ。こんな甘くて美味しいものが有るんですか」

「そうじゃ。世界にはもっと甘くてもっと美味いものがぎょうさん有るぜよ」

「へえ…」

他の国へ行く事など、無論夢のまた夢。
見果てぬ異国への憧れも、目の前の現実を払拭してくれる程では無い。
それでも、今口の中に広がる甘さを堪能することは出来る。

「…本当に美味しい」

「気に入ってくれた様で、わしはホントに嬉しいぜよ。他でもない鈴花さんの為じゃ。今度来る
 時にも また持って来てやろう。今日の残りも置いていくから、好きなだけ食べると良え」

「良いんですかっ? ありがとうございます」

「その代わり、ほれ、ここの辺りにお礼なんか欲しいのう」

そう言いながら自分の頬を指差す才谷。鈴花は額を押さえながら溜め息を吐いた。

「そういう事ばっかり言ってると、土方さんに言って出入り禁止にしてもらいますよ」

「ううっ…冷たいのう。まあ良え。今度の楽しみにしとくぜよ。じゃあの」



才谷が帰った後、鈴花は自分の部屋で一人、『ちょくらあと』の包みを開いた。
一欠片、そっと口に入れる。焦がれた甘さが広がった。

「…何かクセになっちゃいそう。…ああ、何考えてるの。駄目よっ。
 いつも食べられるものじゃ無いんだから。今だけのお楽しみ…なんだからね」

「近藤さんや島田さんにも、少しおすそ分けした方が良いかな、やっぱり」

甘味仲間の顔を思い浮かべながら、また一欠片、口へ運んだ。
その時。

「桜庭。入るぞ」

「えっ!?」

返事をする間も無く戸が開けられ、誰かが部屋へ入ってきた。
…斎藤だった。

「さ、斎藤さん、急に入って来ないで下さいよ。びっくりするじゃないですかっ」

口の中の欠片を端へ退けつつ、どうにか声を出す。

「…俺は『入るぞ』と最初に声を掛けたが」

「あ、あのですねえ…」

斎藤との会話はいつもこんな感じで、意志の疎通が図れているのか時々不安になる。
どう説明したら分かって貰えるのだろうと考えていたら、斎藤が不意に声を掛けてきた。

「何か食べていたのか?」

「え、えーと、あの…ぐっ…」

慌てて欠片を飲み込もうとするが、焦ると上手くいかないもの。
喉に引っ掛かりそうになってしまった。

「あ、あのですね、梅さんから珍しいお菓子を頂いちゃって…あんまり美味しかった
 ものだから、一人でこっそり味わっていたんですよ」

バレては仕方無いとばかりに、てへへと笑いながら答える鈴花。

「あ、皆には内緒にしておいて下さいね? 近藤さんや島田さんには、
 私から後で直接言いますから」

「…何でその二人限定なんだ?」

「だってとっても甘くて美味しいお菓子なんですよ。甘味仲間として、あの二人には
 是非味わって欲しいと思って」

にこにこと嬉しそうに告げる鈴花。
そんな鈴花をじっと見つめながら、斎藤は何かに気付いた様に近寄って来た。

「斎藤さん?」

「…その珍しい菓子とやら、俺にもくれないか」

「え、ええっ!? だってもの凄く甘いんですよ、これっ!? 斎藤さんの口には合いませんよ」

「…構わない」

そう言いながら尚も近付いて来て、鈴花の真正面に立つ斎藤。
思いも寄らぬ斎藤の言葉と行動に、鈴花はただ戸惑うばかりだった。
…以前甘味屋へ行った時、あんなに甘い物は苦手だと言っていたのに。

斎藤はそんな鈴花にお構いなく、顎に手を掛け、上向かせる。
そして。

「っ…!!」

いきなり鈴花に口付けてきた。

「ん…んん…ん、んーっ!!」

舌が歯列をなぞり、強引に入り込んでくる。何かを探す様に口の中を彷徨う。

「んあっ…は…」

やがて目的物を捕らえた。もう一度唇の感触を堪能した後、ようやく離れる。

「ん…あ…は…はぁっ…」

体中の力が抜けきってしまったらしい。鈴花はその場に頽れる様に座り込んでしまった。

「…おい。大丈夫か?」

「だ、大丈夫じゃ無いですよ!! な、何でいきなりあんな事っ…!!///」

柔らかく熱い感触を思い出してしまい、顔を真っ赤にして叫ぶ。

「…やっぱり、平気だな」

「え?」

この場の空気と鈴花の問いには到底似合わない、やけに嬉しそうな声が響く。

「な、何が平気なんですかっ」

「お前が才谷さんやら近藤さんやらの事ばかり嬉しそうに話すのが面白くなくてな。
 俺も何とか甘い物を食べられる様になって、お前に喜んで貰いたいと思ったんだ」

「だが通常の方法ではやはり駄目だろう。だから、お前から『直接』貰えたら、
 多分大丈夫なんじゃないかと思って、やってみた。…我ながら良い考えだった。
 本当に平気な様だ。…お前の力は凄いな」

そう言われて、やっと気が付いた。
溶け残っていたあの欠片が、口の中から綺麗に消えている事に。
先刻、舌が激しく動き回っていたのは、あれは…!!

更に顔を赤くして絶句している鈴花をよそに、斎藤は更にとんでもない事を口にした。

「…まだ少し残っているな。一度だけでは、まぐれという事も有る。もう一度やってみよう」

「え!? えええっ!?」

『ちょくらあと』の欠片を鈴花の口に入れようとする斎藤。
鈴花は我に返り、慌てて逃げようと身を捩る。

「…何故逃げる」

「さ、さささ斎藤さんこそ何するつもりなんですかっっ!!」

「だから言っただろう。一度だけでは分からないから、本当に平気だと
 証明する為にもう三、四回やってみようと」

そんな事を証明出来たところで、一体どうなるというのか。
しかも何だか回数がしっかり増えてしまっている。

「と、とにかく、私はもうしませんからねあんな事っ…んっ…」

力の抜けている体では、逃げるといっても実際殆ど動けない。
あっさり再び捕まり、唇を塞がれてしまった。





…結局『ちょくらあと』が全て無くなってしまうまで『証明』は続き、
鈴花は次の日死番であったにも係わらず、隊務を全て休む羽目になった。



「…今度は団子にしよう。その次は饅頭で…ああ、善哉という手も有るか…」

熱を出して寝込んでしまった鈴花を見舞いながら、嬉しそうに呟く男が一人。





それからというもの、新選組三番隊の隊士達は、苦手な筈の甘味の名ばかり
挙げ連ねている組長と、大好きな筈の甘味の話になると顔を引き攣らせて後退る
唯一の女性隊士、という世にも不思議で奇妙な光景を幾度となく目にする事になる。
…結局最後は組長に捕まってしまい、何処へやらと引き摺られていってしまうのだが。


三番隊隊士の誰一人としてそれについて追求などはせず、
ただ温かく見守るだけであったそうな。めでたしめでたし(笑)









…何で私が書くと梅さんの扱いがこんなんなんだろう…。ひたすらにごめんなさい。
…きっと言葉の壁が私にとっては予想以上に高いんだわ、うん。そうに違いないっ。
素敵に梅さん話書ける方、マジで尊敬します。
ファンブックに『梅さんのやさしい土佐弁講座』とか有ったら良かったのに(笑)

果てしない駄文ではありますが、「FREE」のところに有る間はフリー配布と致しますので、
宜しければ持って帰ってやって下さいませ。…誰も居なさそうだけど(苦笑)
大好きな要素さえ加われば、苦手なものも大抵は乗り越えられるのかもしれない。
それを体を張って(張らせて?)証明し切ったハジメさん、貴方はやっぱり凄いです(笑)





天樹青霞さまのサイト、天鈴鳴花でフリーSSとなっていたので、図々しくも頂いちゃいました!!
ハジメの口移しだよ、口移し・・・!!
鼻血吹いちゃう勢いだわ(笑)

青霞さま、ありがとうございました!!



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