寒風が吹きすさぶという言葉の意味を初めて知った。
戊辰戦争と呼ばれるようになったあの戦で、会津の同胞と共に戦い、そして敗れ、降伏し、各地で転々と謹慎させられている間、会津はわずか三万石で再興を許され、斗南の地に転封になった。
二歳になるやならずの新藩主を頂いて、旧会津藩士と共に冬道を列をなして斗南の地に辿り着いた時、会津とは全く違う下北半島の極寒の白い原野に言葉を失った。
けれどここがこれから私たちの生きる場所だった。
「寒くないか……」
風の通りすぎる音と、囲炉裏でときどき薪がはぜる音を聞きながら眠れないでいると、白い息と共に斎藤さんが言った。寒いに決まっています。そう答えそうになるのを、ふと悪戯心がわいて、両の足を斎藤さんの膝の辺りにくっつけてみた。
滅多なことで声など上げない人が、「わっ」と口を開き、せっかく暖まった蒲団をはね除けそうになる。
その狼狽ぶりがおかしくてくすくす笑うと、決まり悪そうな表情になり、私の両脚の冷たさに眉を潜めた。
「氷のような足だな……」
「女の手足は冷たいんです」
ぽつりと零すので、少しだけ意地悪にいうと、「難儀だな……」と、言い訳の様に呟いて、斎藤さんは私の両脚を自分の足の間に挟み込む。
せっかく暖まった斎藤さんの足の温もりが、私の冷たい足にゆっくりと移ってくる。
蒲団の中にいるからかろうじて凍死は免れているけれど、このあばら屋のあちこちから吹き込んでくる雪は、野営しているのとそう変わりはなかった。
囲炉裏にくべる薪を時々追加しないと、間違いなく明日の朝は凍り漬けになっているだろう。
もし明日命があったら、この家のあちこちに開いた隙間を埋めることから始めなければと思った。
蒲団を顎まで引き上げても、決して暖まらない体は、眠いのに眠れなくて途方に暮れる。
「暖まりませんね……」
そう言うと、探るように手が伸びてきて、そのまま引き寄せられる。
確かにこうして寄り添っていた方が、暖かいのは間違いなかった。
耳元で斎藤さんの鼓動が、規則正しく聞こえてくる。
「まるで雪中の行軍だな……。寝れば死ぬかもしれん……」
まんざら冗談でもなく斎藤さんは呟いた。
こうして一つ床に並んで寝るのは初めてなのに、私たちは寒さを嫌って、綿入れを着込んで寝ていた。当然色っぽい気分にもなりようがない。
弘前から五戸に入り、元会津藩士に割り当てられた家は、掘っ建て小屋というのも憚られるような、ようやく立っているだけの建物だった。
京都の屯所にあった馬小屋の方が、まだ贅をこらしたと思えるほどだった。
「桜庭――寒いときに暖まる方法を知っているか」
おずおずと、考えに考えぬいたように斎藤さんが言う。
「知ってるけど、それは嫌です」
即答する。言いたい事はなんとなくわかる。
つまり……肌と肌とで暖め合う――。だいたいそんなところだろうと思う。
けれどこの寒さの中、着ている物を脱ぐなんてハッキリ言って自殺行為だとしか言えない。すると頭の上から、何だか苛立ちと諦めと不満をこねくり回して固めたような、もの凄く雄弁なため息が聞こえてきた。あからさまに、私の素っ気なさを責めている。
だって――斎藤さん。暖め合うだけで満足ですか。絶対そうじゃないと思う。
私はこうして抱き合っていれば、充分満ち足りているけれど、斎藤さんはきっとそうじゃない。
言葉には出さないけれど、『いつまでお預けを食らわせれば気が済むんだ』という、恨みがましい思念がびんびんに伝わってくる。
でも斎藤さん。
私だって乙女です。いつでも不意打ち。強引な仕打ちに甘んじている訳ではありません。
私なりに、いつか……という夢もあれば、希望もあります。
こんな寒さのついでみたいな、どさくさに紛れての――そう言う事は嫌なんです。
そう口に出したいけれど、囲炉裏の火に照らされた斎藤さんの、情けないほど落胆した顔を見上げてみると、なんだかとても可哀想になった。
「明日――」
「明日?」
「この家のすきま風を全部塞いで、部屋を綺麗に片づけて……それから、おいしいものを作って……。新しい門出をお祝いしましょう」
「お祝い――」
とてもお祝いする心境ではない。そんな風に斎藤さんは口をへの字に曲げた。
新選組の頃には、決して見せなかった駄々っ子のような顔が可笑しくて、私は思わず吹き出してしまう。
「何を笑う……」
不服げに斎藤さんは言う。
それへと宥めるように手を伸ばし、頬を撫で、斎藤さんの胸の中にさらに寄り添う。斎藤さんが手を伸ばして、腕枕をしてくれる。もう片一方の手は私の腰に回ってきた。
それでも、それ以上の不審な動きはせずに、手はジッとしている。
「明日からはずっと一緒ですよ」
「……」
「会津が降伏してから、謹慎の間はずっと離れていたんです。でももうずっと一緒……。だから焦らないで下さい」
「……焦って等いない」
「嘘つき……」
絵に描いたような仏頂面で斎藤さんが答えるので、冷たい手を蒲団に潜らせて、斎藤さんの胸へと押しつける。
またしても、「わっ」と似合わないような声を上げるので、とうとう私は涙が出るほど笑った。
全身に鳥肌をたて、斎藤さんはいきなり蒲団を跳ね上げ、上から私を押さえつける。けれどその目は笑っていた。
「何時にする?」
「何の事ですか?」
「祝言だ……」
斎藤さんは生真面目に言った。
「あげられるんですか?」
「あげるさ……。だからその時までは待つ。この口が……」
と、私の口の端を軽く捻りあげ、
「小面憎い事を言っても、その時は容赦はしない」
まるで果たし合いの約束でもするかのように、厳かに私に告げ、いきなりゴロリと横になり私を抱き寄せてから目を閉じた。
私は――。
斎藤さんの口から飛び出した祝言という言葉が未だ信じられず、その顔を見つめている。
「寒い。蒲団を掛けろ。もう寝る」
三言で言い切り。斎藤さんはそれきり口を閉ざした。
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霜夜