今も昔も遠い未来もすぐ傍に
手が、届かない。
藍澄は思わず自身の手をきつく握り締めた。今ここで、手を伸ばすわけにはいかない。
彼はSGパイロットで、自分はこの艦の艦長なのだ。私情を挟むわけにはいかない。
けれど、手を伸ばしたかった。手を伸ばして、もう無茶はしないでと泣きつきたかった。
そんな事は出来ないとわかっているのに。
藍澄の目の前で、彼の機体が被弾する。
被害状況を説明するクロエの声、次の指示を仰ぐ雪乃の声、進路を告げるアルヴァの声――。
その全てに答えながらも、藍澄は自分の意識がそこにないような感覚に陥っていた。
艦長として冷静であろうとする自分と、彼の名を叫んで泣き出してしまいそうな自分。
その二つの自分が、彼女の中でせめぎあっていた。
心にある願いは唯一つ。
どうか、無事で。もうこれ以上戦わないで欲しい。
その願いは決して彼に届かないということは、痛いほどわかっていた。
又一つ、彼の機体から眩い光が上がった。
手を伸ばしたい。手を、伸ばせない。
声にならない声を上げ、藍澄はそのまま息を詰めた。
暗くなる視界の中で、その向こうがうっすらと明るい事に気付いたが、そこに見える光が何なのかはわからなかった。
「……あ……?」
「藍澄……? どうした、ひどくうなされていたが……」
温かな手が額を撫でる優しい感覚に、藍澄はようやく意識を浮上させた。
涙で濡れた瞼を無理やり開けると、先ほどまで遠いと感じていた姿がそこにはあり、思わず目を見張る。
「……レイシェン、さん……?」
小さく呟くと、その声は自分のものとは思えないほど掠れていた。
大丈夫かと問うような深い色の瞳に見つめられ、藍澄はようやく先程までの苦しさが夢だった事を知る。
いや、ただの夢ではなく、これは過去にあった出来事。藍澄の心の奥深くに残る苦しい記憶だった。
「レイシェンさん……ここに、います、か……?」
「藍澄?」
先程までは伸ばせなかった手を伸ばすと、それはすぐにレイシェンに届く。
精悍な顔に指を這わせると、安心させるかのように大きな手が彼女の手を包んだ。
その温かさに落ち着きを取り戻し、詰めていた息を吐き出すと今現在の記憶が蘇った。
レイシェンを失うかと思ったあの戦争は終わり、今二人は共にある。
藍澄の左手の薬指に光る指輪は、レイシェンも同じものを同じところに着けていた。
あの頃は遠かった彼は、今は誰よりも自分に近い所にいる。
目を閉じて息を整えると、藍澄の体はベッドの中に沈みこんだ。
先程まで隣りにいたレイシェンが、彼女の体を抱きしめていたのだ。
「藍澄……大丈夫だ。俺はここにいる。おまえの傍に」
「……レイ、シェンさん……」
レイシェンの背中に腕をまわすと、彼の匂いに包まれる。
甘えるようにその大きな胸に擦り寄り、力を込めると更に抱擁は深いものになった。
「藍澄……」
「ん……」
額をくっつけ、軽いキスを交わして二人で微笑む。
目を合わせると、宇宙の闇のような彼の瞳の中に自分の姿が映っているのが見える。
それがひどく嬉しくて、藍澄は自分から彼の唇にキスをした。
あの頃のレイシェンの目は、いつも遠くを見つめていた。それが、今はきちんと自分を映してくれることは、何度確認しても嬉しさがこみ上げてくる。
「傍に、いてください。ずっと、これからも。今までの分まで、ずっと」
「勿論だ」
小さく告げられ、キスは少しずつ深いものになっていく。
朝だというのに濃い空気が室内に流れ始めた時、レイシェンがふと手を止めた。
「……あの頃も、おまえは傍にいてくれたのにな」
「え?」
「俺が復讐の思いに囚われていた時も、おまえは傍にてくれた。だから、今度は俺からおまえの傍にいく。これからの未来は、ずっと俺が傍にいる」
「レイシェンさん……」
熱い涙が藍澄の目尻から零れ、シーツへと吸い込まれていく。
レイシェンはその軌跡を舌で辿り、彼女の体を抱きしめなおした。
太陽の光が窓から入り込んではいたが、二人にそれが届くにはまだ時間がかかりそうだ。
互いの存在をすぐ傍に感じながら、不器用な夫婦は絆を更に深めていく。
今も、これからもずっと。
それが、二人から三人にかわるのも遠い未来ではないだろう。
モドル