酒は飲んでも飲まれるな





頭が痛い。
 
 窓から零れる光を感じながら、翼徳は眠くて開かない目を手で擦る。
 鈍く響いている頭の痛みは、またしても飲みすぎてしまったことを意味していた。
 昨夜は特に盛り上がった宴会ではなかったというのに、何故こんなことになってしまったのか。
 小さく溜息をつき身を起こすと、そこで初めて寝台の上にいるのが自分ひとりではないということに気がついた。

「……は、花?」

 小さな寝息を立てているのは、間違いなく彼の恋人。
 露になっている白い肌には無数の赤い痕が残っており、昨夜自分が何をしたかは、さすがの翼徳にも理解出来た。
 音を立てて顔から血の気がひいていく。混乱し始める頭の中を整理すれば、昨夜の記憶の断片が少ない脳みその中をからころと回っていた。

「た、確か、飲みすぎないように気をつけてたのに、結局飲んで……それで、えーと、確か部屋には帰り着いて……で、花がいて……何か頭撫でられて……で、口付けて? あれ? うん、気持ちよかった。あ、じゃなくて、えっと……」

 断片的には思い出せるが、肝心の「何故こういう事態になってしまったのか」は思い出せない。
 頭を抱えると、知らず彼女の肌を覆っていた布団がずり落ちて白い素肌が明るい日の光の中で眩しく映る。
 その艶かしい姿に思わず喉がごくりとなった。
 彼女とそういった行為をするのは初めてではない。彼女の甘い肌の味も、柔らかな肌の感触も鮮明に焼きついている。
 
「……花……」

 そっと手を伸ばし彼女の肩に触れるとひんやりと冷たくなっている。
 掌でそこをさすると、花の体がぴくりと動いた。

「……ん……? あ、よくとくさん……おはようございます」

 ぼんやりとしたままの花の声で、彼女の体を探りかけていた翼徳の手は動きを止めた。それと同時に、熱くなり始めていた下半身も急激に勢いを落としていく。
 
「翼徳さん?」
「あ、花、俺……」

 翼徳の態度を不審に思ったのか、花が体を起こした。それと同時に申し訳程度かかっていた布団が完璧に寝台の下へ落ちてしまい、彼女の体を隠すものは全てなくなってしまった。

「あ、きゃ……!」

 ようやく自分の格好に気付いたのか、花が慌てて体を隠そうとするが、それよりも早く翼徳の体が動いた。
 寝台を飛び降りて全速力で扉へと走る。扉をぶち破らなかったことと落ちていた服を拾い上げたのは、彼としては理性的だったと言えるだろう。
 部屋の中から花が呼ぶ声が聞こえたが、今の彼には振り向く余裕など存在しなかった。



 腹の虫が空腹を訴える。いつもならば、誰かしらに食べ物をわけてもらっている時間だが、今の翼徳にそんな元気はなかった。
 太陽はもう中天まで昇り、彼が花のいる部屋から逃げ出してもうかなりの時間が経過していた。
 下衣だけはかろうじて拾えたが、羽織るものまではその手に掴めてはいなかったので、今でも上半身は裸のまま。
 逃げ出した先は木の上なので、さすがにそろそろ寒くなってきたがそれでもまだ戻る気にはなれなかった。

「花……怒ってるだろうな」

 当たり前の事を呟けば、胸の中がちくりと痛む。
 翼徳にとって花は特別な女性だった。可愛くて元気で、それでいて強い。手に入らないと思っていた彼女が、元の世界を捨てて自分の下へと残ってくれたことは奇跡に近いというのに。
 そんな彼女を、酔った勢いなどで抱いて良いはずがなかった。
 
「花ぁ……」
「はい?」

 べそをかきながら呼んだ名前に、思いがけず返事がかえってきた。
 空耳かと思いあたりを見回せば、翼徳のすぐ下の枝に花がよじ登るところだった。

「は、花?」
「もう、翼徳さん探したんですよ? ここ、どれだけ木があると思ってるんですか」

 伸ばされた腕を思わず取り、そのまま引き上げる。
 
「花、何で……」
「だって翼徳さん、急に出て行くんですもん。びっくりしました」
「う……ご、ごめん」

 怒ってないですよ、と優しい声と共に翼徳の体に衣がかけられた。見覚えのあるそれは、今朝彼が拾い損ねた自身の衣だった。
 伏せていた顔を上げると、微笑む花と目が合った。
 彼女はもう一度、怒っていないと繰り返した。鈍いと称される翼徳にも、その言葉が二重の意味を持っていることがわかる。

「だ、だって、俺……。酔って無理やり抱いたんじゃないのか?」
「酔ってたけど、無理やりじゃないですよ。ふふ、酔ってても酔ってなくても、翼徳さんは翼徳さんじゃないですか」

 優しい花の言葉に、目の奥から涙が滲んできた。
 誤魔化すように瞬きをすると、目尻にそっと彼女の手が添えられる。

「俺、ひどいことしなかった?」
「……ひどくは、なかったです、よ……?」

 彼女は何故か顔を赤らめて視線を逸らしたが、それでも唇は笑みの形を崩さない。
 ほんの少しだけ胸のつかえが下り、翼徳は花の手に自身の手を添えた。

「だけど、あんまり覚えてないんだ」
「うーん、それはちょっと悲しい、かな?」
「う……ごめん。つ、次はちゃんと覚えてるから!」

 花の手を握り締め叫ぶと、赤かった彼女の顔が更に赤く染まる。
 それと同時に、失くしていた欲望がむくむくと蘇ってきた。
 
「い、今はダメですよっ!」
「だ、だめなのか……」
 
 がっくりと肩を落とすと、花の軽やかな笑い声が耳をくすぐった。
 涼やかな風が二人の間を通り、翼徳は思わずくしゃみをする。

「ほら、もう下りましょう? おなかもすいてるんじゃないですか?」

 花の提案に素直に頷き、彼女の体を抱き上げると勢いよく枝から飛び降りた。
 小さな悲鳴を上げて抱きつく柔らかい体にむき出しの肌が反応を返すが、それを何とかなけなしの理性で押し留める。

「翼徳さん?」
「ん?」
「でもちょっとだけ、お酒の量は控えましょうね?」
「!」

 一体自分は何をしでかしたのか、と翼徳が悩むのはまた別の話。
 それ以後、翼徳は酒の量を減らすと公言するが、勢いにまかせてしまうくせは抜けなかった。
 しかし、酔った翼徳に悩まされる部下は減ってきた。その分宴会中に花が連れ去られてしまうことが、新たな翼徳の酒癖となったのだった。

 
 




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翼徳さんは飲んだらえろくなると妄想します