初春
「一さん、お雑煮はどんなのがいいですか?」
二人で過ごす初めての正月。鈴花は鍋を片手にそう尋ねた。
豪華な正月料理を作る余裕はないが、それでも餅だけはなんとか手に入れる事が出来た。
後はこれを雑煮にするだけだが、その雑煮が厄介なのだ。
日本各地では雑煮の作り方が違ってくる。いや作り方だけではなく、餅とて丸餅を使うのか角餅を使うのか、その餅は焼くのか生のまま煮るのか。出汁は何にするのか、具は何を入れるのか――。
雑煮には色んな種類があるということを、新選組にいた時に鈴花は嫌というほど知った。
生まれも育ちも違う人間の寄せ集めであった新選組では、ただでさえ味の好みが分かれるのに雑煮となると各方面で言い争いのなるほどだった。
その争いの中心は、原田や永倉といった賑やかな幹部たちだったのだが、その中に斎藤の姿は見かけたことがない。
そこで一緒に騒いでくれていたならば好みも分かったというのに。
「……雑煮……」
「ええと、具はあんまりないんですけどね、出来るだけ好みに合わせようかと思って」
鈴花の問いに、斎藤は腕を組んで考える仕草を見せた。
甘いもの以外は特に何も要求をしない斎藤にしては珍しく、やはり雑煮にはこだわりがあるのだろうか。
聞いてみて良かった、鈴花はそっと胸を撫で下ろした。
「白味噌がいい」
「え?」
「白味噌で煮込んでくれ。具はあるものでかまわない」
「白味噌、でいいんですか?」
鈴花が不思議そうに尋ねると、斎藤は静かに頷いた。
「はぁ?雑煮に味噌入れんのかよ!信じらんねぇ」
そう騒ぎ出したのは永倉だっただろうか。
あれは、まだ新選組が壬生に屯所を構えていた時だった。
出された雑煮に大半が目を丸くし、自分の国元ではこうだと口々に言い始める。
鈴花としては、確かに郷里の雑煮は恋しいし一番だとも思うがそれでも出されたものに文句をつけるつもりもないし、正月に雑煮やおせちを食べられるのは幸せだと思ったのだが、言いたいことを我慢出来ない隊士達は口々にああ作れこう作れと言い出した。
その被害を被るのは、もちろん鈴花なのだ。
「おい桜庭。今から雑煮作れ」
「ええ〜……今からですかぁ?でもどんなの作ったらいいんですか、さっきから聞いてたら皆さんバラバラですよ。全部作るのは無理ですってば」
「まぁ俺が言うのを作りゃ問題ねぇ。いいか、まず餅はこのまま丸餅でいい。大切なのはなぁ」
「おいちょっと待て左之、丸餅たぁ聞きずてならねぇな。餅は基本角餅だ。なぁ総司?」
永倉と原田が言い争いを始め、話題を沖田に振る。
その最中にも、やはり色々な場所で餅に対しての言い分が飛び交っていた。
「え〜ボクはもう食べられたら何だっていいですよ」
「ばっかやろう!オメーそれでも男か。いいか、新年に食う餅ってのは……」
沖田が面倒くさそうに答えれば、周囲は更に語気を強めていくばかり。
鈴花がいい加減うんざりしたように溜息を付くと、目の端に斎藤の姿が映った。
言い争いには参加せず常の通りじっと静かに佇んでいる姿は、ともすれば沖田同様どうでもよさそうに見える。
「ねぇ、斎藤さん。何だっていいから早く食べたいですよね?」
沖田に話題を振られ、斎藤は小さく頷いた。
「小豆が入ってなければそれでいい」
確かに、後ろの方で「雑煮には小豆だ」「それは雑煮じゃなくて汁子だろう」「違う、国元では雑煮だ」と言い争う声も聞こえるので、斎藤としては気がかりなのだろう。
さて、これをどう宥めるか。
鈴花が頭を抱えたその時、部屋の襖が勢いよく開いた。
「皆さん、たいがいにしとくれやす!」
語気も荒く出てきたのは八木家の主の妻、雅の姿だった。
予想だにしなかった人物の登場に、今まで騒いでいた面々が口をぽかんと開けて発すべき言葉を失った。
今まで新選組を迷惑そうな顔で見ることはあっても、こう堂々と怒鳴られたのは初めてのこと。
先ほどまで煩かった部屋も、雅の一声でしんと静まり返る。
「さっきから黙って聞いていたら勝手なことばっかり言うて。雑煮が白味噌で何が悪いんですのん。京は昔っから白味噌どす、うちの雑煮は白味噌で丸餅どす。ここに居る身ぃで勝手なことばっかり言わんとくれやす。白味噌が嫌やったら食べんでよろしわ。郷に入っては郷に従え、白味噌が嫌やったら、正月はもう京から出て行かはったらどないですっ!」
ぱしん!
呆気に取られる隊士達を尻目に、雅は登場した時同様大きな音をたてて襖を閉め出て行った。
後に残るのは、どすどすと怒りをあらわにして遠ざかっていく足音のみ。
「……」
「…………」
「………………」
しん、と居心地の悪い空気が部屋中に流れた。
威勢の良かった永倉と原田もがりがりと頭をかいてあさっての方向を向いてしまっている。
その空気を換えたのは、雑煮に拘りを持たない沖田だった。
「京風のお雑煮、食べてみませんか?」
あっけらかんとした言葉は、それでもその場を救う言葉に違いなかった。
それからというもの、壬生の屯所を離れてからも新選組の雑煮は白味噌というのが暗黙の了解となっていったのは言うまでもない。
「……お雅さん、お元気かな……」
水の中に白く溶けていく味噌を見つめながら、鈴花はそう呟いた。
白味噌の雑煮は、鈴花にとって新選組の雑煮だった。郷里の雑煮も懐かしいが、この雑煮は第二の故郷の雑煮なのだ。
斎藤が白味噌の雑煮と言ったときは驚いたが、それでも二人でこの雑煮を食べられるのは幸せなことかもしれない。
鈴花はそう思い、小さく微笑んだ。
「どう、ですか?」
「うまい」
「良かった」
出来上がった雑煮は、あの日雅が作ってくれたのとはさすがに味は違ってしまったが、それでもここ数年雑煮を食べる暇もなかったことを思えば、懐かしい味には変わりがない。
鈴花と斎藤は小さな碗をつつきながら、久しぶりに平穏な正月を味わった。
「そういえば、一さんは西の生まれなんですか?」
「……いや、江戸だが?」
「え、じゃあなんで白味噌のお雑煮って……あ……」
白味噌の雑煮は、新選組の思い出。
そう思っていたのは、自分だけではなかったということだろうか。
「……うまいな。皆にも食べさせてやりたいぐらい、うまい」
そっと囁かれた言葉は、鈴花の胸に染み入っていく。
心に想うことは二人同じ。
時が戻ることはないが、それでも新しい年の初めに昔を思い出すのも悪くないかもしれない。
碗の中で、白味噌に溶ける餅を見つめながら鈴花は心の中でそう呟いた。
あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
戻る