Sleeping Beauty

 (……眠れない……)

 純は、一向に訪れない眠りを待ちながら苦悩していた。――もう何時間も。
 本当はごろごろと寝返りを打ったり、寝台から起き上がってしまいたい所なのだが、如何せんそれは出来そうもない。この寝台には、自分ひとりで寝ているわけではないのだから。
 隣からは、規則正しい寝息が聞こえてくる。
 そっと盗み見れば、彼のすぐ横で愛しい妻が平和すぎるほどの安眠を貪っていた。
 純は深い溜息をついた。自分がこれだけ気にして眠れないというのに、その原因はこうもぐっすりと眠っている。それがひどく悔しい。

「……こっちは、寝返りすらうてないってのに……」
「……ん……」

 ぼそりと呟いた言葉に、微かに瞳が反応する。
 慌てて口を押さえたが、彼女に起きる気配は見られなかった。
 ほっとする気持ち半分、残念な気持ち半分。
 純は、もう一度大きな溜息をついた。 
 息遣いが聞こえるほど近い距離。誰よりも一番近い存在になった彼女。
 妻。王妃。その言葉はくすぐったく現実味を帯びてはいないが、間違いなく瞳は自分の伴侶としてここにいる。
 だが、婚姻関係を結んでしまっても二人の関係は以前とまったく変わっていない。夫婦どころか、恋人ですらない友人の関係のまま。
 否。彼としては、片思いといった方が正しいのかもしれない。
 
 最初は、何とも思わなかった。
 不思議な世界に共に巻き込まれた友人。それだけのはずだった。
 だが婚約者だと聞かされた時、驚きはしたが嫌ではなかった。
 承諾したのは、どうせ誰かと結婚をしなければいけないのならば、元の世界の自分を知っている人のほうがいいと、それだけの考えだった。
 それが、今。
 無邪気に横で眠られるのが切ないほど、彼女のことを想っている。
 
「言っちまえばいいんだろうけどな……」

 好きだ、と。
 一言そう告げれば、良いだけの話だった。
 少なくとも嫌われてはいない。
 結婚をしたくらいだから、ただの友人以上の気持ちがあると思ってもいいだろう。
 しかし、恋人として――夫婦として見てくれるかどうかは、まだ自信がなかった。
 想いを告げて何かがかわってしまうのではないか。
 そんな恐怖を感じてしまう。
 
 再び溜息が零れた。
 瞳を起こさないように気遣いながら、ゆっくりと半身を起こす。
 微かな振動があったものの、隣が動く様子はなかった。
 瞳は、微笑んだ顔のまま眠っている。
 元の世界の姿よりも色素の薄い髪の毛は、呼吸と共にゆらゆらと揺れていた。
 純は、その柔らかな髪の毛を静かに触る。
 艶やかな感触の髪は触り心地がよく、手の中をゆらゆらと泳いでいった。
 
「瞳」

 名を呼べば、瞼がぴくりと動く。
 今まで呼べなかった名前。夫婦になってようやく呼ぶことが許された名前。
 初めてその名を呼んだとき、顔が崩れてしまいそうになるのを必死でこらえていた。
 
「瞳…」

 もう一度呼び、その髪を撫でる。愛しい彼女は、それでも起きない。
 今度はそっと頬に触れてみる。
 柔らかい曲線を描くそこはすべすべとして、弾力があった。
 指の腹でその感触を楽しんでいると、眠っている瞳がくすぐったそうに身じろぎした。
 けれど、やはり起きる様子はない。

「……何でこいつはこんなに寝れるんだよ」

 自分は、もんもんとして眠れないのに。
 憮然と呟き、純は身をかがめた。
 指が触れていた頬に、今度は唇が触れる。
 
「……ん……?純くん……」

 その瞬間、あれだけ起きようともしなかった瞳が不意に口を開いた。
 
「!!る、瞳……っ」

 どう言い訳するべきか。いや、そもそも夫婦なのだから言い訳などいらないのではないか。
 一瞬で、様々な考えが彼の脳裏を駆け巡った。
 しかし、当の本人は薄く眼を開けたまま、ぼんやりと視線をさまよわせていた。

「瞳?」
「……眠れ、ないの……?」
「え?あ、ああ……」
「怖い夢でも見た?」
「は?」
「……怖かったんだね……」
「ちょ、おい瞳!!」

 何を思ったのか。瞳は、ふわりと純に抱きついた。
 
「大丈夫、こうしてあげるから。怖い夢なんか見ないよ」

 いいこ、いいこ。
 そっと純の頭を撫で、瞳は体重を彼にかけていく。
 寝惚けているのか。それとも、これはもしかしてOKサインなのか。
 ごくりと純の喉が鳴る。
 
「瞳……」

 零れた声は、自分でも驚くほど熱っぽく響いた。
 けれど、次の瞬間聞こえたのは。

 安らかな、寝息だった。

「……瞳……」

 がくりと肩を落としながら、純は首に回された腕を外そうと試みる。
 けれど、がちりと巻きつかれた腕はなかなか取れない。
 仕方なく、その格好のまま再び横になった。

 すぐ近くに、瞳の顔。
 先ほどより不利になった体制に、またしても大きな溜息が出る。


 いよいよ、これは眠れそうになかった。
 

「でも、手を出すわけには……いかないよな」


 瞳の体温を肌で感じながら、溜息をつく。
 耳元で聞こえる、悩ましい限りの呼吸音。首にまわされた華奢な腕。
 すべてが愛しくて、たまらない。この大事な存在を失くさないためにも、今は我慢をするしかなかった。

「……けど、これぐらいは許されるだろ」


 そう呟いて、眠る瞳の唇にそっと柔らかなキスを落とした。
 

 眠りはまだ訪れそうにない。
 しかし、温かな体を抱いているのは、存外に気持ちが良かった。
 眠れぬ苦痛を上回る幸福感に酔いしれながら、純はそっと目を閉じた。







 次の日、目を覚ました瞳が騒ぎ出すのは。
 
 また別の話。












サカナじゃえっちは難しいから耐えられたのかしら。
こんな素敵なゲームを教えてくださったこつねさんに捧げます。(押し付け?)
白王子もヘタレですがいいですか?

 
 
 
モドル