雪合戦

  べちゃ。

「あ」
 
「……あ……」
 
「……ああ……っ!」

 



「………………………………………………………………………………」






 誰が投げた雪玉か、そんなことはわからない。
 夢中になり過ぎて、自分の投げた玉の行方すら見ていなかったのだから。
 それにきっとわかったところで、もう今更どうしようもない。これは連帯責任だ。

 雪合戦。
 それは、雪を投げて相手に当てる遊び。
 だが、問題は当たったその相手だった。
 当たった相手は、ぴくりとも動かない。もちろん、痛さに呻くはずもない。彼の矜持がそうする事を許さないのは長いつきあいでわかっていた。
 鈴花達とて、加減はしていた。
 幼い頃遊んだように、雪をぎゅうぎゅうと固めて硬い雪玉を投げ、万が一のことがあっては元も子もない。
 戦が雪で小休止しているとはいえ、こんな所で怪我をするわけにはいかない。先程当ててしまった雪玉も、さほど硬くはないはずだ。
 ないはず、なのだが……。

「ど、どうしましょう、桜庭さん……。う、動かれませんけど……」
「お、怒ってらっしゃいますよね……?お、俺達切腹ですか……?」
「ば、馬鹿ね、こんなことで切腹になんてならないわよ。私がちゃんと謝るから……」
「で、でも……」
「桜庭さん……」

 心配そうにする少年隊士に、鈴花は笑ってみせる。
 こんなことで切腹になんてならない。
 ならない、が。
 笑顔の奥で、冷や汗が流れた。
 切腹にはならないだろうが、お小言は覚悟しなければ。
 
 そう、彼女達の投げた雪玉が当たった相手は土方歳三に他ならないのだから。

「あ、あの……すいません、土方さん……」
「……雪合戦か、桜庭」
「……………………っ!」

 怒られる。
 覚悟を決め、鈴花はぎゅっと目を瞑った。
 しかし、返ってきたのは怒鳴り声でもなく嫌味でもなく、軽く頭を叩く優しい手だった。
 思わず拍子抜けして顔を上げると、その手と同じく優しく微笑む土方の姿がそこにはあった。
 
「……気分転換もいいが、あまり体を冷やすなよ」
 
 そう言うと、土方はひらひらと手を振ってその身を翻した。
 遠ざかっていく姿に鈴花は何も言えず、ただじっと見送る。
 その背が建物の中に消えた頃、後ろから駆け寄ってくる足音で、はっと我に返った。

「ほ、本当に怒られませんでしたね、桜庭さん」
「良かった……すいません、桜庭さん一人に謝ってもらっちゃって」
「え?あ、い、いいのよ、そんなこと。土方さんだって、こんなことで怒ったりしないって言ったでしょ」

 さすが桜庭さん!
 少年達の賛辞の声を聞きながら、鈴花は後ろめたい気持ちになった。
 思い出すのはあの時のこと。
 鈴花が、まだ壬生浪士組と言う名の組織に入って間もない時のことだった。
 
「桜庭さん、雪合戦しましょうよ!」

 京にその年初めての雪が降った時、そんな事を言い出したのは確か沖田だった。
 最初は「そんな子どもみたいな」と笑った鈴花だったが、沖田の容赦ない雪玉に段々腹が立ってかなり本気になっていった。
 二人だけの雪合戦が、あまりの鈴花の劣勢を見かねた斎藤が参戦し、総司さんだってかわいそうじゃん!と、藤堂が参戦し。
 面白そうだ、と原田と永倉が割り込んできて。
 その後は色々な隊士が入り乱れての大混戦だった。
 綺麗な雪景色だった屯所の庭は、見るも無残な姿に変貌していき、最後には――。

「やかましい!」

 と、怒鳴り込んできた土方の顔面に、誰かの投げた雪玉が命中した所で終わりを迎えた。
 その後は、小一刻ほど全員正座でお小言を食らったのは、言うまでもない。


「……桜庭さん?」
「え?あ、ううん、なんでもない。さ、そろそろ戻ろうか。土方さんも、体を冷やすなって言ってたし」
 
 物思いに耽る鈴花を心配する少年達に、再度笑ってみせる。
 寂しそうな笑顔になってしまった自覚はあるが、それは仕方がない。
 少年達も、あえて何も言わず、その言葉に従った。
 
「……失礼します」

 一言声をかけて、からりと襖を開けた。
 部屋の中では、土方が書類に目を通している所だった。鈴花が近づくと、手にしていた書類を文机へ戻す。
 慌てて「お邪魔でしたか?」と問えば「いや、休憩しようと思ってたところだ」と微笑まれた。
 その何気ない仕草に、鈴花は胸が熱くなる。

「先程はすいませんでした」
「ん?ああ、雪玉か」
 
 くっと笑い、彼女の持ってきた茶に手を伸ばす。
 やはりその瞳は優しい。
 
「あれぐらい、どうということはない」
「……でも、昔はすごく怒られましたよ」

「あ?ああ、あの時か。あの時は、顔面だったしかなり硬い玉だったからな」

 思い出したのか、土方は嬉しそうに笑った。

「後で山南さんに聞いたんです。土方さん、庭の雪景色を楽しみにしていたって」
 
 ……発句の為に、という言葉は間違っても口には出来ないが。

「まぁな。しかし、酷かったな。地面には雪は残ってねぇし、松の枝は雪玉で折れちまうし、灯篭だって傾いてただろ」
「……はぁ……」
 
 思い出し、再び鈴花は項垂れた。
 確かに、あれは酷かった。
 八木家の方にも申し訳ないぐらいの惨状だったし、雪景色を楽しみにしていた土方にとっては、どれだけの痛手だっただろう。

「あれに比べれば、今日のはかわいいもんだ」
「……はぁ……」
「それに……お前は、あいつらの為にやったんだろう?」
「……はい……」
「一人は、募集した時の最後の隊士で、もう一人は……箱館に来てから入ったやつか」
 
 土方の言葉に、鈴花は静かに頷いた。
 今日の雪合戦を言い出したのは、鈴花だった。
 入って間もない隊士の緊張をどうにかして解したかったのだ。
 心を休める間もなく、彼らを戦場に出すのがあまりにも辛かった。
 
「…………」
 
 ぽんぽん。
 俯いてしまった鈴花の頭を大きな手が優しく撫でる。
 あの時は遠かったこの手が、今ではこんなに近い。
 一緒にいた仲間はもうほとんどいない。
 自分は他の隊士に気を配れるぐらい古参になってしまい、土方も随分と優しくなった。
 鬼の副長と、そう呼ばれていた姿を目にするのは、今や戦場のみ。
 それが寂しいなどと感じてしまうのは、この雪で昔のことを思い出してしまう為だろうか。
 鈴花は静かに目を瞑った

「……また、降って来たな」
 
 土方の言葉で、ふと外を見る。
 雪見格子から見える庭は、再び雪で白く染まっていた。
 
「人は変わる。新撰組も、変わっていった」
「……」
「でもな、桜庭。俺達の心は変わらねぇ。目指すものは、変わらねぇんだ」
「土方さん……」

 思わず零してしまった涙を長い指が掬う。
 そのまま、顎を持ち上げられ、再び視線を交わした。
 穏やかな、瞳。
 しかし、その奥にある光は、あの頃と何ら変わりはない。
 
 鈴花は、微笑んだ。
 暗くなってしまう胸の内を振り払うように。
 
 目指すものは変わらない。

 そう言って、土方が笑うのならば、自分もその隣を歩いていくだけだ。

 そろそろ日が暮れる。雪は一層深くなるだろう。

 箱館の雪は、雪合戦をしたところで地面が見えたりしないぐらい深いものだった。











少年二人が鉄と嘉一郎だとは口が裂けても言えませぬorz

 

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