『その先に望むもの』





たとえ、傍に居れなくとも。

この想いが届かぬとも。















「桜庭」

「あ、斎藤さん!来てくれたんですね」


初夏の薫りの漂う季節。

ついこの前まで共に戦っていた一人の娘の元に今日も足を運ぶ。

先日会った時よりも僅かにふっくらとした印象を覚えた。

もうそろそろ腹も目立ってくる頃だろう。

そんな桜庭を前に、いつも強請られる甘味物を包んだ風呂敷を差し出した。

相変わらず嬉しそうな顔をする…。

血生臭い戦場に身を置く俺には眩いくらいの、まるで太陽の様な笑顔。

暖かいその存在に胸の内が満たされるのを感じる。

八木邸の庭先で俺はこうして今の新選組の現状を細やかに話しに来る事が増えた。

今日もそれは変わらずに。

桜庭の唯一愛した男―――山南さんが切腹を果たしてからもうどのくらい過ぎたのだろうか。

大して時間は過ぎてないはずなのに、新選組も随分変わった。

変わらないのは、俺の、この想いだけ。




――――…此処に来てどのくらい話し込んだだろうか。



桜庭が恐る恐る尋ねる様に唇を開いた。



「また…戦が始まるそうですね」

「ああ」


さすがに町で噂になっているのか報告するつもりの内示を知っていた。

俺の肯定の言葉に不安を覚えたのか、表情が少し曇っているのは気のせいではないだろう。



「…斎藤さん」

「なんだ」

「…生きて、ください」

「…桜庭?」


突然発される言葉に瞳を丸くして聞き入る。


「お願いします。もう、大切な人が死ぬのを見たくないんです。だから…」


そう呟き、悲愴の色を灯した瞳が俺に向けられる。

自分の目線より下のその位置で、俺を見つめる熱い瞳に。

言葉よりも体が言葉を示した。


「……あ……」


少し乾いているのかかさついて、けれど柔らかい唇。

俺達を包む初夏の気温以上に唇が熱を灯す。

桜庭の下腹部にそっと手を添えて優しく撫でてやりながらも唇は離さない。

失くしたものと、得たもの。

皮肉な事に桜庭の「夫」は忘れ形見を残してこの世を去った。

俺が尊敬してやまない、その彼だからこそこの身を引こうと思った。

けれど、こんな瞳で見つめられたら。

こんな熱い唇に触れたら。



ただ、欲しいと。



無性に、愛されたいと。





ゆっくり桜庭の唇から離れると赤く頬を染めた顔が視界に飛び込む。

僅かに俯きながら視線を逸らそうとしない女を、強く抱きしめる。

不思議な事に桜庭は抵抗をしなかった。



「俺は死なない」

「………………」

「俺は戦い抜いてまた此処へ戻ってくる」

「斎藤さん…」

「だから、全てが終わったその時は」




互いに時間を止める。

それ以上の言葉は紡がずに抱きしめている力を抜き、細い体を解放した。

きょとんとした様に俺を見つめる桜庭に何も応えず背を向ける。

これ以上お前のぬくもりを感じていたら抱きしめるだけでは済まない事くらい自分でわかる。

愛しい女を腕に抱いて平然で居られる方がどうかしている…。

何も言わないまま、桜庭に背を向けて戦いの地へと足を踏み出した。

ざっざっ、と土を蹴る音が辺りを包む。



「待ってますから」



足音の中に、違う音が紛れた。

背中に聞こえるその音を掬い取る為に俺は立ち止まる。




「私、斎藤さんが戻ってくるのを待ってますから…」




震えている様にも聞き取れる彼女の言葉。

社交辞令でもいい。

その言葉が俺にとって生への更なる執着を生み出してゆく。

例え、今もその胸の内に山南さんを託っていたとしても。

俺はお前を想い、お前の為に生きて戻る。

自己満足と言われても構わない。





その心に俺が居なくとも。

俺は、お前の為に戦い抜くだろう。















これがいつまでも変わらない俺の想いなのだから。



























WEB拍手より。
私は山南×鈴花←斎藤の設定が非常に萌ゆる…! じゅんこさんへ捧ぐ(07/28)



うわーん!!みっちさん、ありがとうぅぅぅぅ!!
先日閉鎖された、59のみっちさんより頂きました。
この拍手のSSが見たくて、何度無意味な拍手を連打したことか(笑)
「もったいない」とぐずぐずワガママ言ったところ、下さいましたよ・・・!!
も、もう返さないからね(笑)
ハジメは健気だよ・・・!!なんていいヤツなんだ・・・(感涙)眼鏡の子を育てるハジメを想像するだけで胸が熱くなるよ・・・。
ああもう!!みっちさん、本当にありがとうね・・・!!


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