なぁ、どうしてお前は俺の姉なんだ。
どうしたら、この絆を断ち切れる。
……どうしたら、お前をこの腕に抱けるんだ……。
この想いは、届かない。
箱の中に閉じ込めて、鍵をかけて。
いっそ。
この中に、お前ごと閉じ込められたら。
どんなに、楽なことだろう。
少し冷たい潮風が、二人の横を通り過ぎていく。
もうすぐ寒くなる季節。ロッドの海岸には、他に人の姿は見えなかった。
はためく裾を気にするように、瞳がしきりにスカートを抑えていた。
これだけ長けりゃ、捲れたところで見えやしないのに。
ぼんやりとそんなことを思っていたときに、爆弾発言は落とされた。
「……え?今、何て……」
紅蓮は自分の耳を疑った。
この姉は。
異世界に来て人魚なんかになっちまったこの姉は、その口で何と言ったのか。
「だから……もう、何度も言わせないでよ。け、結婚、するの……」
盛大に顔を赤らめながら言う瞳の表情は、嫌そうな影は見えなかった。
それが、紅蓮の心の奥底をざわざわと波立たせる。
結婚をする。それがどういうことかわかっているのだろうか。
何も言わない――何も言えない紅蓮を他所に、瞳は次々と言い訳を並べ立てていく。
曰く、この世界で目覚めた時から決まったことなのだ、とか。王女である以上、結婚は国同士の問題なのだ、とか。
だがそんな言葉は、海原を走る風とともに舞い散っていき、紅蓮の耳には長くは留まらなかった。
「……結婚……。お前、本気で言ってるのか」
「だ、だから、仕方ないって言ってるじゃない!」
「仕方ないから、結婚するのか」
静かに言い放たれた言葉で、瞳がぐっと言葉に詰まった。
言い返したいけれど、言い返せない。
見慣れたいつもの姉の反応に、紅蓮は少し安堵した。
先ほどまでの瞳は、まるで違う女のようだった。顔を赤らめて、他の男のことを語る。そんな姿を見せるのは、彼の知っている瞳ではない。
「ぐっちゃんだって、王子なんだから婚約者とかいるんじゃないの?」
「いねーよ、そんなもん」
紅蓮が吐き捨てるように言うと、瞳はすっと目を細めた。
そうよね、ローザさんがそんなことさせないわよね。
頭の中にそんな声が聞こえてきそうだった。
紅蓮は、内心舌打ちする。
彼女は、ローザの気持ちに気づいている。妹が、実の兄を恋い慕っているという常識では考えられない気持ちを、気づいている。
――それなのに。
なぜ、自分の気持ちには気づいてくれないのか。なぜ、他の男と結婚するなどと平気で言えてしまうのか。
ぎゅっと握った拳を握り締め、紅蓮は俯いた。
自分が、実の姉を好きになってしまった気持ちをひたすら隠していることなど、彼の頭の中にはすっかり消え失せていた。
器用な彼が巧妙に隠した宝箱を、彼女が開けられるはずがないというのに。
「……ぐっちゃん……?」
下を向いたままの弟に気づき、瞳はそっと名前を呼ぶ。
ここに来てようやく、彼がいつもと違う様子である事に気づいたのだった。
「ぐっちゃ……」
「何で、お前は……」
「え?」
「何でお前は、俺から遠いところに行こうとするんだよ!」
「ぐっちゃ……んんっ!」
瞳は一瞬、何が起きたのかわからなくなった。
顔をあげた弟の表情は、見たこともないもの。真剣で、今にも切れそうな眼の奥には燃え滾るような炎が見え隠れしていた。
そして、それが不意に近づいたと思った時。
瞳の唇は、紅蓮のそれで塞がれていた。
「ん……っや、いや……んんっ」
何度も角度を変えて押し付けられる唇。
重ねていくうちに、それは熱い吐息を伴ってくる。
苦しくなって口をあければ、するりと紅蓮の舌が咥内へすべりこんできた。
これは、なに。
これは、だれ。
瞳は、大きな眼を更に見開く。
間近にある顔は、色素こそ違えど間違いなく弟の顔。
けれど、まったく知らない男の顔。
紅蓮の舌が、咥内を遠慮なく犯していく。
歯列を確かめるように巡り、奥に引っ込んでいる瞳の舌に絡みつき。
唾液をも貪るように、激しく吸われた。
「……ん、ふ、う……」
「……瞳……」
耳元で囁かれた声は、ひどく掠れている。
これは。
聞きなれたはずの弟の声ではない。
この人は、弟ではない。
「……いやっ!」
どん。
抱きしめられた体を思い切り突き飛ばせば、不意をつかれたことに驚いたのか紅蓮の体が後ろに傾いた。
瞳は、その隙に海へと飛び込む。
「瞳っ!」
慌てた紅蓮の声も無視して、瞳は沖のほうまで泳いでいく。
ばしゃばしゃと海へ入る音が聞こえたが、構っている暇はなかった。
ある程度の深さまで来ると、彼女は海岸の方へと向き直った。
そこには、紅蓮が赤い顔をして突っ立っている。
「瞳!」
「も、もう、ぐっちゃんなんか知らないっ!」
「聞けよ。俺は……」
「聞かない、知らないもん!」
いーっだ!
瞳は、思い切り舌を出しそのまま海の中へと飛び込んだ。
後に残されたのは、我に返った弟の姿のみ。
「……やっちまった……」
がりがりと頭をかくが、後悔はない。
いつかは、表に出るとわかっていた感情が爆発しただけのことだ。
宝箱の鍵は、壊れた。
自分自身の手で壊した。
中にしまっていた感情は、小さな箱には収まりきれずに飛び出してしまった。
壊れたものが元に戻ることはないだろう。
瞳が、姉として戻ることも。
それでも、良かった。
そう思うのは、自分勝手だろうか。
自嘲気味に微笑んだ紅蓮の横を、潮風がするりと抜けていった。
冷たい風は、冷えた体をさらに冷やしていく。
それでも、海から上がることは出来なかい。
人魚姫が消えてしまった海を見ながら、人間の王子は、長い時間そこで佇んでいた。
かなりの自分設定です。スイマセンorz
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宝箱