永久に

「不束者ですが、どうぞ宜しくお願い致します」
「……………っっ!」

 三つ指をついてお決まりの挨拶をする鈴花に、原田はぽかんと口を開けた。その顔は見る見る赤くなっていき、湯気が出そうなぐらいまでになった時――。
 
「―――――っっっっ!!」

 声にならない声を上げ、部屋の隅まで勢いよく後ずさった。
 ぱくぱくと金魚のように口を開け声にならない言葉を発していると、その視線は鈴花の横に向いた。
 仲良くくっついてひいてある布団へと。
 それを確認するや、茹で上がった顔からは汗がダラダラと流れ落ちていく。
 見事なまで予想通りの反応。鈴花は笑うよりも前に関心してしまった。
 流石、原田さん。
 
 今宵は、二人が正式に夫婦となっての初めての夜だった。
 昼間行った祝言は簡素なもの。花嫁衣裳は近所から借り受けたもので、二人とも身内などいないも同然なので参列者もない。
 ただ形ばかりのものだったが、それでも心温まる式となった。
 祝言を終えて夕餉を済ませ風呂に入るまでは、時折恥ずかしげに視線を交わす他は何ら常と変わらなかった。
 それはそうだろう。全ての戦いを終えてから数年、二人は祝言こそ挙げておらぬものの夫婦のように共にあったのだから、何も変わることはない。ただ、他人から家族へと名称が変わったに過ぎない。
 だが。
 だが、改めて夫婦となったのだから、と思い立ち、鈴花は夫が風呂に入ってる間に布団をひきなおした。感覚をあけてひいてあったものを、ぴったりとくっつける形で。
 
 何を今更、と思う。けれど、それでも赤くなる原田がかわいくもある。
 二人で暮らすより以前から、一つの布団で眠る仲になっていたはずなのに。
 こんな挨拶一つ、布団のひきかた一つで照れる夫が、初々しくてかわいらしい。
 ――どちらが新妻かわかったものではないが。
 
「原田さん……?」

 そっと名を呼べば、原田は幾分顔色を取り戻して鈴花を見つめた。
 その目は真剣なものへと変わっている。
 からかい過ぎただろうか。
 鈴花がそう思った瞬間。

「……っ!」

 遠くにあった原田の体が、鈴花のすぐ傍まで移動した。狭い室内とはいえ、咄嗟のことに鈴花の呼吸が止まる。
 後頭部に大きな手が回され、そのまま引き寄せられる。鈴花は、倒れるように原田の胸へと収まった。
 いつも以上に体温が高く感じるのは、風呂上りだからかそれとも顔同様赤くなってしまっているのか。
 
「はら、だ、さん……?」
「…………」

 再度名を呼んでも、原田からの答えはない。その代わりに、抱きしめられる腕に力が篭る。
 直接頬に感じる彼の鼓動は、いつもよりも早い。それにつられて鈴花の胸も高鳴った。
 原田の背に腕を回して、彼と同じように力を篭める。苦しい程密着した体からは、互いの鼓動が共鳴しあっていた。
 
「……桜庭……」

 いつもより低く掠れた声に、思わず顔をあげる。
 もうそこには、真っ赤な顔をした先ほどの彼はない。
 
「……鈴花」
「!」

 熱い瞳で見つめられ、名を呼ばれる。
 共に暮らしていてもいつまでも呼びなれた苗字で呼んでいたのに。
 原田は、初めて鈴花の名を口にした。
 それはどんな言葉よりも、鈴花の胸を熱く貫いた。

「は、らだ……さ……」
「鈴花、名前で呼べよ」
「さ……左之、さん……?」

 消え入りそうな声に答えるかのように、鈴花の唇に原田のそれが降ってきた。
 そっと、重ねるように。
 まるでそれは祝言の続き。互いの名を呼ぶ唇を重ね合わせ、温もりを分け合った。
 
「……不束者ですが、どうぞ宜しくお願い致します……」
 
 再度、鈴花はその言葉を呟いた。
 先ほどと同じ言葉。けれど、今の方が格段に重みが増している。
 何気なく口にした言葉。お決まりの言葉。けれど、その言葉の意味は深いものだった。
 これから続く長い年月。互いが老いて死んでいくその日まで、共に過ごしていく伴侶への言葉。
 
 原田は、再度口付ける。
 ひかれた布団の上に鈴花をそっと押し倒し、愛おしむように抱きしめた。

「……おまえは、不束者なんかじゃねぇよ」

 それが、不器用な夫からの返事だった。
 
 鈴花の目から涙がこぼれる。
 それは熱く、焦げるような想いが胸の中から流れ出たもの。

 そして、確信する。
 
 この人と共にあるということを。
 永久に。
 この身が朽ち果てても、永久に共にあるということを。














 モドル