私の中の、キミ。

 「ねぇ、朔。譲くん見なかった?」
 「譲殿なら、向こうで見たわよ。ああでも、弓の稽古をしていたから・・・・」
 「弓?この京邸にも、弓の稽古する所があるの!?」
 「弓場はないわ。でも・・・・って・・・。ああもう行ってしまったのね。せっかちなんだから・・・」
 
 本日、望美を始めとする八葉は何の予定もなかった。
 と、言うのも九郎が朝廷に呼び出され身動きが取れなくなってしまったのだ。
 連日の怨霊との戦い。
 疲労もたまっていた彼女達は、前向きに休暇を取ることにしたのだが。
 いざ、休暇となっても、一人でいるのはやはり寂しい。
 そこで、望美は気の知れた幼なじみを探すことにした。
 
 のだが。


 「もう、ほんっとうに、このお屋敷って広いんだから・・・。向こうってどこだろ。ああでも、弓の稽古してるんだったら、弓の音がするよね」

 ぶつぶつと独り言のように呟き、望美は京邸を歩く。
 耳を澄ましながら歩くが、それらしい音は聞こえない。

 彼女は、まだ譲の弓の稽古をする姿を見たことがない。
 この世界に来る前から、譲は弓道をしていた。
 しかし。
 高校に上がってからは、学年の違う二人の距離は微妙なものへと変わっていっていた為。
 部外者である彼女が、弓道部を覗くことはなかったのだ。
 
 ・・・本当は。
 小さな頃から知っているあの少年が。
 日ごとに逞しくなっているのを気にしていたというのに。


 なので。


 先程、朔から弓の稽古をしていると聞いて。
 暇つぶしという当初の目的を忘れるほど、胸が高まったのだ。
 
 譲くんの練習が見れる・・・!!


 この世界に飛ばされてから。
 矢を放つ彼を初めて見た。
 真っ直ぐに狙いを定める真剣な眼。
 思わず、戦だということも忘れて見入ってしまった。
 弓を持つ彼の姿は。
 望美や将臣の後ろをついて来ていた、あのちいさな「ゆずるくん」とは、違っていた。


 「・・・弓の音、しないなぁ・・・」
 どこだろう。
 望美は、きょろきょろと辺りを見回す。
 しかし、弓場らしきものはない。
 この時代の弓場がどういったものか、彼女は知らないが。
 想像するに、きっと学校の弓道場と変わらない気がする。
 一度だけ、入学当初に部活見学で行った弓道場。
 あの雰囲気を思い浮かべた。
 きっと。
 すぱん、すぱんという的を射る音が聞こえるはず。
 そう思ったのだが。

 そんな音は、どこにもしない。
 (・・・どうしよう。もう練習やめちゃったのかな・・・)
 声を出す気力もなくなり、心の中でそっと呟いた。
 その時。
 微かな音が、聞こえた。
 すぱん、という音ではなく。
 びゅっと、何かがしなる音。
 
 望美は、その音がする方へそっと歩いた。
 忍び足のようになってしまったのは何故だろう。
 建物の陰から、音のする方を伺う。

 (あ・・・!!)


 そこには、思い描いた姿が。


 弓を引く、譲の姿。

 しかし、そこには的もなく。矢も存在しない。
 彼の手には、弓のみ。

 すっと息を飲み。
 細長く吐く。
 弦に指をかけ。
 下に向けていた視線を上げ、真っ直ぐ前を見据える。
 そのまま、腕を上げてゆっくり弦を引き下ろしながら下げ。
 ぴたりと止まる。
 凍りそうなほど張り詰めた空気。
 そして。
 体の中から何かを放つように、弦を放つ。
 まるで、見えない矢が存在するかのごとく。
 その後、弓が自然に下がったところで、初めて譲が吐息をついた。

 ごくり。
 望美の喉がなる。
 初めて見た、譲の稽古姿。
 それは、自分の想像していた派手に的を射るものではなかった。
 だが。
 まるで流れるような一連の所作に、目が離せなかった。
 
 その時。
 ふいに弓を降ろした譲が、こちらの方に目を向けた。
 まだ、先ほどの余韻を残して厳しい光をたたえた瞳。
 それが、望美の姿を認めたとたん。
 
 ふっと柔らかいものへと変わる。


 いつもの、幼なじみの顔へと。

 
 「先輩。どうしたんですか?いつからそこに?」
 にっこり。
 少し照れくさそうに笑いながら、近づいてくる。
 だが。
 いつもの姿であっても。
 望美の体は動かない。
 痺れたように、手近な柱を掴んだまま。

 「先輩?どうかしたんですか?」
 「あ・・・」
 
 譲が、目の前に到達してもそれは変わらず。
 それどころか、どんどんと熱くなる頬を自覚する。

 「・・・どこか、具合でも悪いんですか・・・?」

 一言も発しない望美を訝しんで、譲が額に手を置く。
 昔とは違う、骨ばった手。
 それは大きく。
 望美の額を覆いつくす。
 
 その瞬間。

 望美の心の中の幼なじみは。

 小さな、男の子は。


 背がぐんと伸びて。
 肩幅も広くなり。
 逞しい青年へと、成長していった。




 「ね、熱なんか・・・ないよ・・・」
 「そうですか?でも、顔が赤いですよ」
 「う、うん・・・でも、大丈夫・・・」

 どきどきとうるさく鳴る胸を押さえ、ようやくそれだけを言う。
 
 どうしよう。
 どうして、こんな時に。
 
 
 こんな時に、自覚しちゃうんだろう・・・。


 頬が、過去最高に赤い。
 きっと、耳までも。
 
 どうしよう。
 どうしよう。


 「・・・やっぱり、どこか悪いんじゃ・・・。せっかくの休みですし、ゆっくりした方がいいですよ。部屋まで送ります」
 「え、や、やだ・・・!!」

 踵を返そうとする譲の着物の袖を。
 思わず掴んでしまった。
 
 「・・・先輩・・・?」

 困惑した譲の声。
 思わず上げてしまった顔を思い切り見られてしまう。
 だが、それでも。
 着物の袖は離せない。

 「あの・・・あの、ね。もうちょっとだけ・・・見てていい?」
 「え?」

 「ゆ、弓の稽古・・・。もうちょっとだけ、見てていい?」

 譲くんを。
 さすがにそうは言えず、誤魔化した。
 しかし、それで納得したのか、譲は破顔する。

 「もちろんです。でも、素引きなんて見てもおもしろくないですよ?」
 「そ、そんなことないよ・・・!!」

 思わず声に力が篭る。
 おもしろくない、など。
 とんでもない。
 
 「・・・そうですか?」
 「えと、す、素引きって言うんだ・・・。弓の稽古って、弓道場でするんだと思ってた」
 「京屋敷には弓場はないですからね」
 
 何とか、繋がる会話。
 それに、望美はほっと胸を撫でおろした。
 普段通りとはいかない、ぎくしゃくした受け答え。
 今の彼女には、それが精一杯。
 きっと。


 きっと、また稽古をする譲を見れば、また先ほどの状態になってしまうのであろうが。
 それは、またそれ。



 自覚し始めた自分の気持ちに。
 

 ほんの少しだけ、素直になってみたい。






 そう、思った。








 


京邸・・・弓場あったらごめんなさい・・・。うろ覚え過ぎる・・・・!!そして、弓道の知識もないのに書き散らしてごめんなさい・・・!!