稽古を済ませると、お腹が減る。
 甘味所にでも行こうかな。
 手ぬぐいで汗を拭きながら、鈴花はうきうきとした足取りで、財布を握った。
 甘味仲間の島田は、今日は留守。
 もう一人の甘味仲間は、昨晩島原へ行ったまま、帰ってこない。
 どうしようか。一人で行くべきだろうか。
 一人で行くのは寂しいが……。小腹がすいた今、他の隊士を探すのもひどく億劫だった。
 
 考えながら、それでも屯所の門をくぐる。
 頭の中は、一人の寂しさよりも、甘味の甘さに引き寄せられているようだ。
 団子にしようか、饅頭にしようか。
 そんなことを考えていると、どんと誰かにぶつかった。

「す、すいません……!」
 
 慌てて顔を上げると、そこには不機嫌そうな表情が。
 それを見たとたん、鈴花の中の楽しい気分が半減した。

「……大石さん……」

「……ぶつかっといて、あからさまにがっかりしないでくれる?」
 
 不機嫌そうに、鈴花がぶつかったであろう場所をさするのは大石鍬次郎。
 鈴花が苦手とする人物だった。
 
「先に謝ったじゃないですか……」
「ふぅん、謝ればいいんだ」
「そ、そうじゃないですけど……」

 何でぶつかっただけでこんなに言われなければいけにのだろう。これでは、そのへんのチンピラではないか。
 鈴花の中の楽しい気分が、しゅうしゅうと音をたてて萎んでいった。
 大石は、その様子を腕組みをして見下ろしている。そんな態度も、彼女の苦手とする所だ。
 どうやって逃げようか。
 鈴花が、そう考えた時。

「あ!」
 
 ひょいと、握り締めたままだった財布を取られてしまう。

「ちょっと大石さん、返してくださいよ!!」

 これではチンピラどころか泥棒ではないか。
 鈴花が憤慨しかけたところで、大石は手の中にある財布を振った。

「どこ行く気だったの?」
「え?甘味処に……」

 素直に答え、しまったと口を塞ぐがすでに後の祭り。
 ふうん、と小さく呟き、大石は面白そうに財布を眺めた。

「こんな軽い財布で、甘味処に行く気だったんだ」
「え?……あ!」

 からかい半分のその言葉で、鈴花はようやく重大なことに気付いた。
 給金日前、だったのだ。
 それでも、いつもならもっと余裕がある。女の身であれば、島原で散財することもないので、多少の蓄えはあったはず。
 しかし。

「刀が折れちゃったから、思い切って新しいの買ったところだったんだ……」

 照姫様の元での奉公で貯まったお金と、新選組で働いてからの給金。
 全てをはたいて、自らの腕とも言える刀を買いなおしたのは、ほんの数日前のこと。
 そんな彼女に、甘味を買うだけの余裕はすでになかったのだ。

「…………」

 がっくりと肩を落とし、鈴花は回れ右をする。
 食べられないとわかれば、腹の中は余計に空いたような気はするが、仕方がない。これは水でも飲んで誤魔化すしかなさそうだ。

「どこ行くのさ」
「……部屋へ戻ります……」
「財布は?」
「そんな軽い財布、あってもなくても一緒です……」

 軽い財布を取り戻すために、大石と会話する方が大変そうだ。
 鈴花の真意を汲み取ったのか、大石は肩をすくめた。

「まぁ待ちなよ」
「何ですか……もう私疲れちゃったんですけど」
「ふぅん、そういうこと言うんだ」

 くくっと喉の奥で笑われ、鈴花は思わず振り向いた。
 その鼻先に、財布が押し付けられる。それに戸惑っていれば、今度は腕を取られ――。

「え?」
「お土産。いい刀買ったみたいだからさ、ご褒美だよ」

 掌に押し付けられたものに気を取られていれば、そんな言葉を残して大石は屯所の中へ入っていった。
 温かい感触と、甘い匂い。
 団子の気配が、そこにはあった。
 
「……ご褒美……?」

 不可解な言葉に首を傾げる。
 団子と大石。結びつかない二つのもの。
 
「まさか、私の為に買ってくれたとか……?」

 それこそ、まさかだ。
 理由がない。
 
 ――いい刀買ったみたいだからさ、ご褒美だよ――

 やはり、大石は鈴花の理解の範疇を超えている。
 けれど、掌のものは有難く頂いておこう。
 甘い誘惑には、勝てそうもなかった。

 この礼は、仕事できっちりと返せばいいだろう。
 いい刀を買ったのだから、それなりの働きはしてみせる。

 鈴花は、団子を頬張りながらそう誓った。










朝へモドル
夕方へススム

桜庭鈴花、非番の一日
〜昼の風景〜